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「クロマートラベルガイドブック」Vol.13に、

「アンコール・クラウ村とともに⑤ 村の子供たちの寺子屋として」が掲載されました。

 

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ところで、ここに掲載されている写真は、クラウ村コミュニティーセンターで今年8月14日行われた、4回目の「村の美術スクール」の様子です。

 

この日は、笠原先生(美術スクールの先生)が都立高校で美術教師をされていたときの教え子で、現在、タイの日本人学校で美術教師をされている伊東綾さんが、村の子供たちに"オリジナルちょうちん"のつくり方を教えてくださいました!

 

091027.jpg 右が伊東綾さん、左は通訳のヒーアさん

 

まずは、折り紙に好きな絵を描いていきます。

 

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そして、折り紙を2つに折って、はさみで切り込みを入れ、

 

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のりづけをして、

 

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さあ、できあがり!

 

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はさみで切る方向を間違えたり、裏と表を逆にしてのりづけしてしまったり、

まあ、いろいろありましたが、最後には、それぞれの"オリジナルちょうちん"が完成しました! 

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どうです?私のちょうちん。

(よ)

9月16日。

この日は、内閣府主催の「国際青年育成交流事業」の一行が、バイヨン・インフォメーション・センターとバイヨン寺院の修復現場を訪問されました。日本全国から選抜された、大学生と社会人の方から構成されたこの視察団のご案内は、JASA技術顧問である下田が担当。

 

このときの参加者の一人である、京都大学の杉野さんより、帰国後に感想をいただきましたので、ご紹介します。

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2009年9月5日から22日の18日間、私たちは内閣府青年国際交流事業の一環としてカンボジアに派遣していただきました。団長、副団長、10名の団員の計12名でカンボジアの青少年との交流や日本大使館などの表敬訪問、JICAなどの視察をしました。主にプノンペンでの研修が大半でしたが、シェムリアップに4日間滞在することができました。

  

シェムリアップの滞在期間中に私をはじめとして団員たちが楽しみにしていたのは、やはりアンコール遺跡群の見学です。まずバイヨン・インフォメーション・センターにお邪魔し、日本国政府アンコール遺跡救済チーム技術顧問の下田一太さんにお話しを伺いました。

 

センター内はパネル展示と映像での紹介もあり、初めて訪れる私たちにとって非常に分かりやすい内容でした。パネルでの世界各国の修復チームの紹介では、こんなにもたくさんの国々が支援をしているのかということを初めて知り、アンコール遺跡が「修復のオリンピック会場」とも呼ばれる理由を改めて納得しました。日本政府が携わっている修復についてフェーズごとに追ったビデオや、アンコール王朝の変遷についてのお話を伺い、更に理解を深めることができました。

 

 そして、いよいよ私たちが楽しみにしていたバイヨンの見学です。技術顧問の方に修復現場とバイヨン内を案内していただきました。はじめに目に飛び込んできたのは巨大な四面像でした。そして近づくにつれてアプサラのレリーフをはじめとした細やかな彫刻に今度は目を奪われました。バイヨンを見学して私が純粋に驚いたことは、このような巨大でありながらも繊細な彫刻が余す所なく施された建物を800年以上も昔の人々が作り上げたことです。

 

当時の人々は重機などの機械を使わずに人の手で作り上げたことを考えると、想像を超える人々をまとめ上げるだけの宗教、そして王への信仰心、人間の持ちうる力を感じずにはいられませんでした。

 

 そして今回の見学では、普段では入ることができないような修復現場の足場の中にも入らせていただくことができました。私たちが修復現場を訪れたときは、日本の技術者の方とカンボジアの方が一緒に作業をしていらっしゃいました。日本が上から行う支援ではなく、カンボジアの方々が中心になって一緒に作業を行っていると伺ったことを目の当たりにすることができました。

 

 

sugino.JPG私の中で印象に残ったお話は、盛土に日本古来の長七たたきという土を固めて作られた人造石が使われているということです。日本が持つ最新技術以外でも、日本の自然に近い工法がアンコールの地で活用させていることが少し誇らしく感じられました。

 

 

私は現在大学で建築を学んでいますが、今まで建物を建てることばかりに目が向いていました。過去の人々の思いがつまった建物を解析して、修復するということも建築に携わることのすばらしさの一つだと感じました。

 

更には、修復だけではなく、逆にアンコール王朝の時代の建築の知恵を現代に活かすことができるのかもしれません。自分の中で建築の新しい可能性に気づくことが出来たことも、とても有意義なことでした。そして、下田さんをはじめカンボジアでお世話になりましたみなさん、本当にありがとうございました。今回得た知識や感じたことを胸にとめて、将来に向けて学んでいきたいと思います。

 

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杉野さんは建築を勉強している学生さんだけに、その工法や建築という分野が持つ可能性の広がりなど、より大きな刺激が得られたのかも知れませんね。

 

ただ、修復の現場を実際に訪れて目にする、汗を流して働くカンボジア人の職人たちや日本人スタッフの姿は、遺跡の修復という仕事を、学生の皆さんにより身近な存在としてくれるようです。

 

杉野さん、そして青年交流育成事業でご訪問頂いた皆様、どうもありがとうございました。

 

JSTでは、一般のお客様へのオリジナルツアーづくりの他、夏休みや春休みを利用してスタディーツアーで渡航してくる大学生の皆さんを遺跡や村に案内しています。

 

今回は、この夏にJSTがご案内したスタディツアーの様子や寄せられた感想をご紹介します。

 

現在、JSTがスタディツアーを受け入れる際の主な魅力は、

・カンボジアの遺跡についてより深く学べること

・アンコール近隣の村を訪れ、暮らしや村の現状について直接体験できること

 

「遺跡」と「村」を軸に、JSTでは参加者の方の興味に沿ってご案内をしていきます。

 

8月23日:関西国際大学スタディツアー

 

昨年から始まったこのスタディツアーではアンコール地域の遺跡見学をJSTが1日コーディネート。

 

午前:バイヨン・インフォメーション・センターにてガイダンス→バイヨン寺院修復現場へ

昼食:アンコール・クラウ村の水上小屋にて、のんびりお弁当&ちょっとお昼寝

午後:アンコール・ワットじっくり見学

 

という行程を、引率の先生と相談し、JSTのツアー事業担当の吉川が作成&ご案内しました。

 

アンコール・ワットでは比較的時間がたっぷりあったので、全員でワットを一回りしてから、30分ほど自由時間を。学生たちがあちこちに散らばっている間に、先生と散乱石材に座って話し込んでいると、自然と学生の皆さんも周囲に集まってきて、即席座談会風に。

 

なぜ、カンボジアに来たのか。こちらで働く決断に迷いはなかったのか。大学2、3年生を中心としたメンバーから、JSTとしてカンボジアで仕事をしていることに対する質問が相次ぎ、徐々に話は将来の進路や仕事へと展開していきました。吉川は一番、学生さんたちに年齢が近いので、いろいろ気になることも多い様子。

 

昼の間に日光で温められたアンコール・ワットの石材の上で、いろいろな話題に飛び火しながら気がつけば1時間ほども話し込んでいました。ワットを後にする頃には、空はうっすらと夕方の気配。

本当はここで終了のはずが、学生の皆さんからの「どーしても、夕日が見たい!」というリクエストを受け、急遽スケジュールを変更して夕日のメッカ、プノン・バケンへ。

 

雨期のため、夕日は姿を現わしてはくれませんでしたが、ほんのり紅色に染まったアンコール・ワットを見下ろしながら、それぞれにカンボジアの思い出に想いを馳せていたようです。

 

この日のツアーに参加し、アンコール・ワットのぽかぽか石の上で語り合ったIさんから、感想メールをいただきました。

 

Iさんより**************

  カンボジアや遺跡が好きな私にとって、このツアーはとても魅力的でした。まず、新設されたセンタ  ーで、寺院についてカンボジアの歴史と共に学ぶ事ができ、また出土品から時代背景を考える楽しさを知ることができました。そして、バイヨンでは修復現場を間近で見て触れることができ、このツアーならではの経験だと思いました。スタッフの方のお話もとてもおもしろく、当時を想像しながら遺跡内を見学でしました。個人の観光では味わえない貴重な体験ができて本当によかったです。ありがとうございました。

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このほかに、一番多かった感想、というか決意表明(?)は「また、絶対カンボジアに来ます!」

 

JSTがご案内したのは1日だけですが、そう言いたくなるほどカンボジアの魅力に触れられるツアーのお手伝いができて、こちらもうれしいです!

 

つづく・・・

 

(ま)

雨で道が崩れた、という噂のクラウ村。

今日はその道の状況を実際に見に行ってきました。

 

クラウ村はアンコール・トムという古代都市の北側に東西に長く伸びている村です。(詳しくはJSTHPを!)この村の真ん中を貫くように走るのが、JSTのチア代表が長い時間とお金ををかけて1998年に完成させたもの。

 

今回崩壊の憂き目にあったのは、村のライフラインともいうべき、この道でした。

大きな被害があたったのは2か所。

1か所目は遺跡と村をつなぐ入口のところ。アンコール・トムの北門を出てすぐのところです。遺跡内で修復や清掃の仕事に就いている人が各家庭に必ず一人、と言って過言でないほどたくさんいるクラウ村にとって、通勤に欠かせない主要幹線道路(小さいけど)が、2mほどに渡ってえぐられていました。

断絶してしまった部分に木材を掛け渡し、臨時の橋としています。バイク・自転車は一応通行できますが、車はさすがに怖いくらい。

なんとか、ここを超えて、村の中心部を目指します。村の中心のあたりはやや高くなっているのかそれほど水の影響を感じさせません。クラウ村小学校を過ぎてしばらく行くと、カルバート工法で造られた橋、スピアン・オー・クティッヒに差し掛かります。

 

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ここでびっくり。普段は「さらさら」という表現が似合うような小さな流れが、今日は濁流となってゴウゴウ音を立てています。強い流れに押されて、大きな竹の群集が根こそぎ倒れています。ちょっとした土砂崩れのような状態で、奥の家の柵も倒れ掛かってきています。

 

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去年の8月に撮影した写真では、親子づれが和やかにカニや魚を獲っています。少年たちが水遊びをするような穏やかな流れが、こんな濁流になるなんて・・・。

改めて、今回は普通じゃないな、と思い知らされました。

 

 

もう一か所は、クラウ村の中心部から、コミュニティセンターのあるプラダッ地区へつながる部分。

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近くまで車で行くのは難しいので、歩いて現場に向かうと、道のいたるところにまだ水たまりがあり、部分的に陥没している箇所もあります。

さて、どんなことになっているやら・・・。

 

 

両側を田圃に挟まれた水路のようになっている箇所が長さ8mほどにわたって、まさに「持って行かれた」というように削り取られています。ここはダメージが大きすぎて木の橋を作るわけにもいかず、わずかに残った50cmほどの陸地をバイクや自転車が往来しています。

 

091012-4.jpgこの近くには、1mほどの土管を埋めた水門もあったのですが、ひとつだけでは水の勢いを受け止めきれなかったようです。流された土はすぐ脇の田圃になだれ込んで堆積していました。

 

この道の先には、この村でもかなり裕福な1件のお宅があります。写真の中に見えている土管は、そのお宅の方が出資して設置しようとしているもののようです。

 

状況を確認した帰り道、ちょうどJASAの作業終了時間と重なり、現場帰りの男性陣や清掃員の女性たちが続々と村に帰ってきます。その様子はまさに「帰宅ラッシュ」。

 

これは、道が壊れていたら困るよな~、と痛感。

 

帰宅途中のJASA作業員の棟梁・サオサムさんとチア代表とが、すれ違いざまに「あっち、修理始めるの?」「北門のほうもやらなきゃなぁ。」と声をかけ、補修に向けた簡単な確認をします。

 

サオサムさんの後ろからは、スコップを担いでバイクに乗っているJASA作業員の姿も。

どうやら村の人の力と、JSTの力を合わせるべき時が、またやってきたようです。

 

(ま)

今月初め、フィリピンを襲った大きな台風の余波が、カンボジアにも訪れました。

カンボジアは、台風、地震などの「天災」と呼ばれるものが少ない幸せな国です。(落雷は多いですが。そして、雨期のスコールはいつでも日本の小さな台風のようですが・・・)

 

今、カンボジアは雨期の終わり。10月末には乾期が始まり、11月初旬には乾期の到来を喜ぶ「水祭り」が行われます。例年、1年の中で最も雨の多い季節です。先日、遺跡修復ブログの中で紹介された国道6号線が水没しました、というトピックにもありましたが、カンボジアの人は日本人よりずっと水との暮らしに慣れています。多少の洪水や浸水なんて「まぁ、今年も来たか」くらいです。

 

ただ、今回の台風は格別でした。シェムリアップ市内でも、ー番低地にあたる、市内中心部のオールドマーケット周辺の全域が水浸しになり、シェムリアップ川から氾濫してきた水と、市内から集まってくる水がお互いに打ち寄せて、まるで海岸のようだったといいます。

JASA事務所や遺跡は、市内に比べてやや高い位置にあります。そのため、私たちの事務所には全く被害がありませんでしたが、市内の水が引くのに、早いところでも3日、長いところは5日ほどかかったようです。

 

一般の家屋はもちろん、水が流れ込んで冷蔵庫やクーラーが壊れてしまったりレストランや、水に囲まれてお客さんが入れなくなってしまったオールドマーケットなど、被害は甚大でした。

 

さて、遺跡のさらに北側にあるわれらがアンコールクラウ村。遺跡のすぐ北側にあるため、水の被害はそんなに大きくなかったのでは?という予想に反し、なんとJST代表のチア・ノルが以前に村の人たちと一緒に作ったノル道路が崩壊したというニュースが。

 

ノル道路は数か所で、小川や水路をまたいでいます。その周辺で、水の勢いのために道がながれてしまったようです。

JASA作業員の棟梁も「こんなことはいままでなかったよ~」とあきれるほど。

ノル道路は村の中心を通り、遺跡と村を繋ぐ、まさに生命線です。はたしてどんな状態になっているのか・・・。

 

詳しい情報が分かり次第、またお知らせします!

 

<つづく>

 

(ま)

 

 

かなり情報にタイムラグが出てしまいましたが・・・

 

アンコールクラウ村遺跡修復講座、第三回は、JASA考古班エキスパートのコー・ベットさんによる『考古学講座』を実施しました。(開催日:6月27日)

 

この日の授業は考古学。コミュニティセンターに集まった子供たちにとっては、「こ・・こうこがく・・・??」やまなみフリースクールの黒板を利用して、Power Pointを設置する我々を興味津津、でもちょと不安な?ドキドキの表情で見つめています。

 

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本日の先生、コー・ベットさんは1997年からJASAに考古班員として参加。その後、日本で7年間の留学を経て、博士号を取得し、現在はプノンペンの王立芸術学院でも講師を務めています。

 

 

 

 

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パワーポイントに映し出される内容も、「まず、そもそも考古学とは・・・」となにやら大学の講義のようです。

 

 

う~ん、子どもたちにわかるかなぁ・・・というこちらの不安をよそに、続いて登場したネアンデルタール人の写真や、カンボジア以外で発掘された人骨のスライドに、子どもたちから「きゃ~」「おおぉ」「サルだ・・・」などさまざまな反応が。はじめは"お勉強"を警戒して腰が引けていたのに、いつのまにか身を乗り出しています。

 

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この日の講義は、考古学という学問がどんなものなのかを伝えるため、人類のルーツから始まり、人々の住居の跡の発掘などへと展開していきます。そして最後に、じゃあこの考古学を活用してバイヨン寺院でどんなことをしているかというと・・・、と実際にJASAが行っている修復現場での発掘の写真が登場しました。

 

考古学という、今まで聞いたこともなかったような世界にちょっとだけ触れた子供たち。大きいお兄さんお姉さんは一生懸命ノートをとり、小さい子供たちはぽかーんと口を開けて、次々に出てくる写真に見入っている。

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さすがに君くらいのちびっこ勢にはちょっと難しすぎるか・・・苦笑

 

 

 

 

 

きっと子供たちにとっては、村の中の普段の生活とはかけ離れた、異世界の話のようだったでしょう。

ちょっとおもしろそうだなぁ、と思った子も、ぜーんぜんわかりませんでしたという子もいるでしょう。

 

でも、大事なのは今すぐに理解する、ということだけじゃなくて、こういう環境が子供のときにあった、ということ。もう少し時間がたって大きくなってから、あのときのあの話、おもしろかったな、と興味が湧いてくること。

今はみんなが知らず知らず、記憶の宝箱のなかにしまっておけばいいのです。いつか大きくなってその宝箱を開けたとき、その中にたくさんの違う種類のおもしろそうな記憶の断片が詰まっていれば、その中から自分の一番面白いと思う、好きになれそうなものが選べるはずです。

 

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だから、いまのうちに、いっぱい蓄えておいてネ!

 

 

(ま)

 

JSTに新しい仲間として2名のカンボジア人スタッフが加わりました!

現在JSTが運営を担当している「バイヨン・インフォメーション・センター」。その専属スタッフとして、2009年7月に2名のカンボジア人女性を採用し、スタッフトレーニングを行っていました。3か月のトレーニング期間を終え、この10月から彼女たち2人も、晴れてJSTのスタッフとなります。

 

インフォメーション・センターで日本人のお客様に日本語でカンボジアの歴史やバイヨン寺院について説明するのが彼女たちの仕事。現在は、私、JASA現地広報の吉川の下について頑張っています。今日は、二人に日本語で自己紹介してもらいます。

 

まずば、1人目、年長のウォーリャッから。(ほぼ原文のまま。()内は私からの補足です。)

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「はじめまして、私はオン・ウォーリャッと申します。現在JSTのバイヨン・インフォメーション・センターで日本語のガイドとして働いていますが、その前はシェムリアップのアンコール遺跡のガイドとしてやっていました。仕事をやりながら、自分の国の素晴らしい文化をどんどん理解できるようになったことで、世界中の人々に一刻でも(早く)伝えたくなります。内戦が長かった影響で、勉強が足りないカンボジア人の代表として、海外のことよりも自分の国のことをまず、たくさん身につけないといけないと思います。それはカンボジア人だからこそ自分の方から、自分の文化を詳しくて、正しく紹介できないと情けないものだと思っています。カンボジア文化と歴史などを知りたい方、どうぞ!ぜひ、来て、ご案内させてください。」

 

 

こう見えて2児の母。しっかり者のウォーリャッ。日本語のスキルはもちろんのこと、ファッションまでまるで日本人そのものです。日本語学校で2年間学び、さらに4年のガイド経験。出産などで3年のブランクがありますが、それを感じさせません。安心して、センターでの大小さまざまな仕事を任せることができます。

 

続いて、2人目は、ソパリーです。

091003-2.jpg「こんにちは、私はソパリーともうします。コンポンチャム(州)から来ました。7人家族で、両親と妹が2人、弟が2人います。私が一番上です。暇なときにクラシックを聴いたり、家族や友達と遊んでいろいろな相談をしたりするのが好きです。出身地から離れたシェムリアップに3年間ほど、親戚と住んできました。今、JSTのバイヨン・インフォメーション・センターで日本語のガイドとして働きながら日本語や英語を学んでいます。ここ2か月くらいで入ったばかりですが、楽しいんです。そしてこの前は、シェムリアップの山本日本語学校の学生で、1年3か月ほど勉強しました。勉強の間に日本人の先生から様々な日本の文化や習慣などを教えてもらいました。足りないことがたくさんあると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。皆様、もしカンボジアに興味があれば訪問した時にぜひ、バイヨン・インフォメーション・センターにお越しください。楽しみにお待ちしています。」

 

 

23歳のソパリーは、日本語はもうちょっとだけど、明るく元気!が取り柄。センターでお客さんがいない間は、日本語のラジオを聞きながらリスニングの練習をしています。一生懸命説明する元気印に、お客さんも思わず応援したくなるとか。

 

 

ガイド経験のある2人ですが、インフォメーション・センターでの解説には、聞いたこともない専門用語が飛び交います。しかも、修復に関す内容はクメール語でも初めて聞くもの。最初の2か月は、漢字の多さと内容の複雑さに苦しそうな顔をしていた二人。ソパリーは何度も「私にはできないかも・・・」と弱気になっていました。

また、解説を担当する私の指導も、しっかり理解してほしいと思う気持ちが先行して、さらに初めて登場した「部下」の存在に肩に力が入っていたこともあり、ついつい厳しくなりがちだったよう・・・。

 

そんなつらい冬の時期を耐えて、今は二人とも楽しそうに仕事をしています。ソパリーは日本語が自分より出来るウォーリャッを先輩と呼び、まるで姉妹のように見えることもしばしば。

 

ほとんど触ったことがなかったパソコンでのワードの入力やエクセルの表作成も、少しずつですが上達してきました。

 

10月からシェムリアップは観光のハイシーズンに入ります。二人とも、お仕事ですよ~!!!

 

皆さん、ぜひ二人の解説を楽しみに、バイヨン・インフォメーション・センターをご訪問ください。

 

 

(ま)