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2011年 カンボジア正月を目前に控えた4月10日(日)。
アンコールクラウ村では、クラウ村青年団プレゼンツの大新年会が行われました!
青年グループだけが集まると聞いていた新年会。
行ってみると近所のちびっこ(フリースクールの生徒たち)も集まってなんと50名以上がそこに。
今日の段取りは、全てJSTスタッフのタウリーと、青年団が担当。
タウリーは数日前から、みんなから集めたお金とJSTからもらったお年玉で全員分の食事を用意するための計算をしていたらしく、鶏肉1kgには手羽先が何本で・・・と、つぶやいていたとかいないとか。
食時班、飾り付け班とそれぞれ担当者が気張って用意。
お肉とお肉ガールズ
男性陣も働きます。お肉ガールズを扇いだり、バナナのお皿を作ったり・・・
飾り付け班も活躍
なかなか焼けないお肉にちびっこたちが業を煮やしてきたところで、カラオケ班の登場です。
タウリーもソピー先生もすかさずマイクの方へ。
お待ちかねの食事は大盛況。 ご飯もお肉もたっぷり。バナナのお皿でいただきます。
子供たちも大人に負けない食欲を発揮しました。
青年団の活躍でお腹と心が満たされました。
お腹がいっぱいになったら、いよいよこれからがお正月。
炎のカンボジアの伝統的ゲーム大会へ続く!!
(まい)
クラウ村青年団プレゼンツの大お正月イベント。
お腹も心も満たされた後は、お待ちかねの大ゲーム大会です。
たらふくお肉もごはんも食べて、エンジン全開のクラウ村キッズたち。
熱い戦いのゴングが鳴り響きます。
まずは、最初の種目は「自転車ゆっくり乗りレース」!
できるだけ「ゆっくり」自転車に乗り、最も「遅い人」が優勝というこのゲーム。
凹凸の激しい草むらが、さらに難易度を上げてきます。
続いては、「袋でぴょんぴょん競走」
年代別に、青年の部、小学生の部、ちびっこの部が。
さらに、「おくちで水くみレース」
口に水を含んでペットボトルを満タンにします。口に水をいれたまま走るのはきつい!
各ゲームとも、優勝者にはこちらのフルーツが!さあ、どれでもよりどりみどり。
ゲーム大会の最後は、黒い木の実を使ったカンボジアの伝統的な遊び。
男女に分かれて、敵の陣地に見立てた木の実をぶつけ合います。負けた組は、ひざを木の実で叩かれる。これがけっこう痛いのです・・・。
ゲームの後は、いつもの通り、みんなで輪になって踊ります。伝統的な踊りから、現代風まで子供たちの守備範囲の広さには、かなわない!
そして、この日の最後を締めくくる、ベビーパウダー合戦。
目上を敬うカンボジア社会でも、このときばかりは無礼講。もうみんな真っ白に。
2010年を楽しく踊って送り、2011年を笑顔で迎える素敵な一日でした。
青年団のみんな、お疲れ様。そして、2011年の活躍にも大いに期待しています。
(まい)
先日、村ブロ(カンボジア村ブログ)の中で、アンコールクラウ村の道が、大雨のため寸断してしまった、というニュースをお伝えしました。(クラウ村の危機!?1、2)
本日は、そのクラウ村危機の続報です。
あの大雨の10月から早1か月以上が経ち、カンボジアはすでに乾期に入っています。日中はさえぎる雲もない空から燦々と陽光が降り注ぎ、夕日も観光客の期待に応え、今が一番の見せ場というように、毎日張り切って赤く燃えています。
もはや雨の影さえ見えない季節。クラウ村の崩壊した道路も、よりパワーアップして復活しました。
こちらです!!左が崩壊した直後の様子。右が復活後の姿です。
さらに、今後同じような大雨が来たときに備えて、道の下に土管を埋め、排水機能も完備。
この道は、クラウ村の有力者たちがお金を出し合い、村の人たちが労働力を提供して復興したものです。その足跡を残すため、道のわきには石碑も建てられました。
このシンプルな石碑には、「誰誰さんが、いくら出しました」ということが一目瞭然に書かれています。お寺や公共施設でも出資者の名前と金額は、見えるところにはっきり書く!のがカンボジア流。小さな村の中でも、例外ではありません。
ともあれ、今回は村に住む人たちが、自分たちの資金と力で道路を修理してくれました。JSTで支援をして修理しようか、とも考えたのですが、いつまでも私たちが援助するわけにはいかない。村の一番重要な道路だからこそ、村の人たちの手で直してほしい、という思いから様子を見守っていました。
大雨発生から、わずか1か月に満たない短期間で、ちゃんと修理された道路。
現在は、クラウ村コミュニティセンターでの、絵画教室や日本語クラス、音楽教育なども再開できるようになりました。先日は水上小屋までツアーのお客さんをご案内し、大型バスでも問題なく通行できることを証明しました。
そして、何よりも驚いたのは、「ブログを見ました。村の道は大丈夫ですか?」という問い合わせがJSTに多く寄せられたことです。
日本の皆さんが、クラウ村のことを身近に感じ、親身に心配してくれているのだな、と改めて実感し、JSTにとっても発見と今後の活動への後押しとなる出来事でした。
ご心配をおかけした皆様、クラウ村は無事、元気になりました。
今後とも温かく見守っていただけると、本当に嬉しいです。
(ま)
雨で道が崩れた、という噂のクラウ村。
今日はその道の状況を実際に見に行ってきました。
クラウ村はアンコール・トムという古代都市の北側に東西に長く伸びている村です。(詳しくはJSTHPを!)この村の真ん中を貫くように走るのが、JSTのチア代表が長い時間とお金ををかけて1998年に完成させたもの。
今回崩壊の憂き目にあったのは、村のライフラインともいうべき、この道でした。
大きな被害があたったのは2か所。
1か所目は遺跡と村をつなぐ入口のところ。アンコール・トムの北門を出てすぐのところです。遺跡内で修復や清掃の仕事に就いている人が各家庭に必ず一人、と言って過言でないほどたくさんいるクラウ村にとって、通勤に欠かせない主要幹線道路(小さいけど)が、2mほどに渡ってえぐられていました。
断絶してしまった部分に木材を掛け渡し、臨時の橋としています。バイク・自転車は一応通行できますが、車はさすがに怖いくらい。
なんとか、ここを超えて、村の中心部を目指します。村の中心のあたりはやや高くなっているのかそれほど水の影響を感じさせません。クラウ村小学校を過ぎてしばらく行くと、カルバート工法で造られた橋、スピアン・オー・クティッヒに差し掛かります。
ここでびっくり。普段は「さらさら」という表現が似合うような小さな流れが、今日は濁流となってゴウゴウ音を立てています。強い流れに押されて、大きな竹の群集が根こそぎ倒れています。ちょっとした土砂崩れのような状態で、奥の家の柵も倒れ掛かってきています。
去年の8月に撮影した写真では、親子づれが和やかにカニや魚を獲っています。少年たちが水遊びをするような穏やかな流れが、こんな濁流になるなんて・・・。
改めて、今回は普通じゃないな、と思い知らされました。
もう一か所は、クラウ村の中心部から、コミュニティセンターのあるプラダッ地区へつながる部分。
近くまで車で行くのは難しいので、歩いて現場に向かうと、道のいたるところにまだ水たまりがあり、部分的に陥没している箇所もあります。
さて、どんなことになっているやら・・・。
両側を田圃に挟まれた水路のようになっている箇所が長さ8mほどにわたって、まさに「持って行かれた」というように削り取られています。ここはダメージが大きすぎて木の橋を作るわけにもいかず、わずかに残った50cmほどの陸地をバイクや自転車が往来しています。
この近くには、1mほどの土管を埋めた水門もあったのですが、ひとつだけでは水の勢いを受け止めきれなかったようです。流された土はすぐ脇の田圃になだれ込んで堆積していました。
この道の先には、この村でもかなり裕福な1件のお宅があります。写真の中に見えている土管は、そのお宅の方が出資して設置しようとしているもののようです。
状況を確認した帰り道、ちょうどJASAの作業終了時間と重なり、現場帰りの男性陣や清掃員の女性たちが続々と村に帰ってきます。その様子はまさに「帰宅ラッシュ」。
これは、道が壊れていたら困るよな~、と痛感。
帰宅途中のJASA作業員の棟梁・サオサムさんとチア代表とが、すれ違いざまに「あっち、修理始めるの?」「北門のほうもやらなきゃなぁ。」と声をかけ、補修に向けた簡単な確認をします。
サオサムさんの後ろからは、スコップを担いでバイクに乗っているJASA作業員の姿も。
どうやら村の人の力と、JSTの力を合わせるべき時が、またやってきたようです。
(ま)
今月初め、フィリピンを襲った大きな台風の余波が、カンボジアにも訪れました。
カンボジアは、台風、地震などの「天災」と呼ばれるものが少ない幸せな国です。(落雷は多いですが。そして、雨期のスコールはいつでも日本の小さな台風のようですが・・・)
今、カンボジアは雨期の終わり。10月末には乾期が始まり、11月初旬には乾期の到来を喜ぶ「水祭り」が行われます。例年、1年の中で最も雨の多い季節です。先日、遺跡修復ブログの中で紹介された国道6号線が水没しました、というトピックにもありましたが、カンボジアの人は日本人よりずっと水との暮らしに慣れています。多少の洪水や浸水なんて「まぁ、今年も来たか」くらいです。
ただ、今回の台風は格別でした。シェムリアップ市内でも、ー番低地にあたる、市内中心部のオールドマーケット周辺の全域が水浸しになり、シェムリアップ川から氾濫してきた水と、市内から集まってくる水がお互いに打ち寄せて、まるで海岸のようだったといいます。
JASA事務所や遺跡は、市内に比べてやや高い位置にあります。そのため、私たちの事務所には全く被害がありませんでしたが、市内の水が引くのに、早いところでも3日、長いところは5日ほどかかったようです。
一般の家屋はもちろん、水が流れ込んで冷蔵庫やクーラーが壊れてしまったりレストランや、水に囲まれてお客さんが入れなくなってしまったオールドマーケットなど、被害は甚大でした。
さて、遺跡のさらに北側にあるわれらがアンコールクラウ村。遺跡のすぐ北側にあるため、水の被害はそんなに大きくなかったのでは?という予想に反し、なんとJST代表のチア・ノルが以前に村の人たちと一緒に作ったノル道路が崩壊したというニュースが。
ノル道路は数か所で、小川や水路をまたいでいます。その周辺で、水の勢いのために道がながれてしまったようです。
JASA作業員の棟梁も「こんなことはいままでなかったよ~」とあきれるほど。
ノル道路は村の中心を通り、遺跡と村を繋ぐ、まさに生命線です。はたしてどんな状態になっているのか・・・。
詳しい情報が分かり次第、またお知らせします!
<つづく>
(ま)
9月17日。晴れ。
ク―レン山。
ここは、9世紀から15世紀まで続くアンコール王朝の始まりの場所。古くから聖なる山として信仰の対象となってきた。かつての大王ジャヤバルマン2世はこの場所で、王が神と一体となって王国を納めることを宣言したといわれる。
その歴史上の大転換の舞台となったク―レン山は、標高400mほどのすりばち状の山の中に、多くの遺跡を残す。同時に、わずかな標高差にも関わらず、平野部とは気候や生態系が異なっていることでも知られる。同行したチアさんいわく、「ク―レン山は昔、豊かだったと思うよ。一年中果物ができるし。一回体験してみたいな~。」とのこと。
この神秘の山にへは、車で麓まで行き、そこから一人ずつバイクに便乗して、森の中に点在する遺跡を目指します。
この日のク―レンアタックに参加したメンバーは5名。5台のバイクが、雨期のぬかるんだ獣道を縦列で疾走する。ク―レン山中の遺跡の紹介は、他のメンバーに任せるとして、私からはク―レン山中の村と、それからバナナの話を。
この山の中には、現在7つの村があるという。その中でも最も大きく、かつ古くから中心であったのはアン・ロン・トム(An Long Thom)。「アン・ロン」というのは、「水が流れ出す窪地」というような意味。
この村の上流には水が湧き出す源泉がある。近づいて見ると、白い砂の中からぽこぽこと気泡が出てきて、青みがかった水が湧き出し口に湛えられている。これまでこの国で見た水の中で、最も清く、美しい。この水は小さな小川を通り、下流に広がる村にそそぎ、人々の生活を支える源となる。
大きな山に囲まれ、美しい水が湧くク―レン山中の村。村の中を通りがけに見回すと、それぞれの家は規模が大きく、生活物資も意外に揃っている。車がはいる道がないためか、子ブタがそのへんを我がもの顔に走り回っている。午後の日差しの中、落ち着いた印象が漂う。
村自体にも、暮らす人々の顔にも険がなく、逆に「底力」がありそうな、そこはかとない迫力のある村。ここは何度か足を運んでヒアリングしてみたいな~、と思わせる要素が走り去っていく風景のなかにあれこれ登場。山深いこの土地のこの村の存在を知っただけでも、今日のク―レンツアーは面白かったな、と思えるほどでした。
お尻が痛くなるほどのアップダウンのバイクツアーの終わりに、我々が見つけたもの。
それは・・・
こちら。ク―レン名物「赤バナナ」
なんと、バナナが赤いのです。そして、大きい!さらに、高い!
普通のバナナが1房3000~4000リエル。この赤バナナはなんと20000リエル($5)。でも、持ってみてその理由がわかりました。普通のバナナの5倍くらいの重さがある。1本一本が太くて、ムチムチ。
なるほど、これが豊かなク―レンの恵み。さっそくみんなでいただいてみました。
これが・・・うま~い。バナナなのに、カスタードクリームのような甘みとコクと、それでいて爽やか。この衝撃は忘れられない。しかも、一本でお腹いっぱいのボリューム感。こんなのが食べられるのなら、山暮らしも悪くないかもしれない。
ク―レン山の豊かさを舌で堪能し、それでも足りず、なんと苗木も買っちゃいました。
ちゃんと育つかな?ク―レン山の赤バナナ。
(ま)
カンボジアでは運転免許がなくてもバイクの運転ができる。
だから、時々、びっくりするくらい小さな子が一人でバイクを運転していたりする。
ええっ、大丈夫なのかなあ・・・と周囲の心配をものともせず、颯爽と堂々と、そして少し誇らしげにバイクに乗った子供たちが通り過ぎていく。
そして、先日、クラウ村で見かけた女の子も、自分のバイクに乗っていた。
しかもかなりのポンコツ。
様々なパーツがもうこれ以上ないというほど、ぼこぼこ、びりびりで、それはそれは見事なほど。
お父さんがゴミ捨て場から部品を拾ってきて、それらを組み合わせて作ったのでしょうか・・・。
しかも、足りない部品は原理応用と創意工夫とで穴埋めして、自分仕様のオリジナルバイクに仕上がっている。
まずは、エンジンを起動させるときに使うイグニッションキーがない。
えっー、どれどれ・・・・と、日本から遊びに来ていた車好きの知人たち(といったら失礼ですね。車好きを通り越してプロとしてご活躍されている面々です)が覗き込んでいる。
おかしいな・・・これでどうやって動くのだろう、と。
やってきたバイクの持主の女の子。
得意そうにハンドルブレーキを一握りすると、ブルルッ、ブッ、ブッとエンジンがかかりだした。
では、止めるときはどうするの?
と、ハンドル根元に取り付いている4つのパイプ穴に指を突っ込む女の子。
すると、たちまちエンジン停止。
車好きの知人たちによると・・・・・
イグニッションキーがなく、バッテリーもないこのバイクはエンジンと"直結"状態になっていて、
指を突っ込むことによって、酸素が吸入されなくなり、エンジンの火が消えるのだそうだ。
さらにそのバイクのブレーキは、後輪ブレーキ右足のみ。
右ハンドルのブレーキレバーはアクセルとなっていました。
唖然とする私たち日本人を尻目に、家路に向かう女の子の友達が、バイクの後ろに乗り出した。
モイ(1)、ピー(2)、バイ(3)、ヴォン(4)、プラム(5)・・・・。全部で5人も!
もう、一番後ろの子なんか、体が半分以上ずり落ちていて、前の子にしがみつくことによってかろうじてバイクに引っかかっている状態。
飛び上るように一瞬宙に舞ったのち、走り出す。
キャハハッハ。笑い転げる少女たち。
転倒をものともせず、再挑戦!
今度はうまくバランスがとれ、エンジン全開のポンコツバイクと共に、隣村の少女5人は、笑い声のみ残して、夕闇のかなたに消えていきました。
ああ、なんて逞しいカンボジアの子供たちなのだろう・・・。
あんなバイクに改良してしまうカンボジアの大人たちもすごい!
・・・・・感動に浸る私たち日本人でした。
しかし、これにはさらに後日談があり、当時のことを再度思い出して感動していたところ、JST代表のチア・ノルがひとこと。
「カンボジアではそんなこと珍しくもなんともない。皆、中古バイクを安く買って、壊れたらその部分をどんどん修理・改良していって、全く乗れなくなるまで使いつぶすのが普通。しかもそれでもなお使える部品があれば他のバイクに再利用する。村では誰でもそうやってバイクに乗っているし、そんな改良、誰でもできる。
そんなことに感動する日本人は、カンボジア人から見ると本当に不思議なんだよなあ・・・・。」
(よ)
カンボジアのほぼ中央に横たわる、東南アジア最大の湖・トンレサップ。
雨期と乾期で3倍にも大きさを変え、湖が膨張する勢いで大河が逆流する現象まで起きる大湖。
一番小さいときで琵琶湖の3倍。大きいときには琵琶湖の10倍といわれるその湖は、
古代から現代まで、様々な生き物の生を支えてきました。
その中にはもちろん、クメール王朝を築いた1000年前の人々も、
今カンボジアの国で生きる私たちも含まれています。
我が家に来て1ヶ月が経とうとするクメール犬・ラティの生まれた村・コンポンプロックは、
このトンレサップ湖上にあります。
9世紀に建立されたアンコール地域で最も古いロリュオス遺跡群の南を走るロリュオス川を辿り、
小舟に乗ってトンレサップ湖上に出ると、そこには浸水林が広がっています。
その浸水林を縫うように舟を走らせて、最初に着く村がコンポンプロック。
ジャングルクルーズと呼ぶにふさわしい船旅の終着点には、
「水の上に建つ村」が待ちかまえているのです。
水の中から天に向かって伸びる無数の細い竹竿。
あるものには魚を捕るための網がかかり、あるものの上には家が建っている。
船上家屋のように水の上に浮かんでいるのではなく、
水の上に家が「建っている」のです。
10m近い超高床を持つ、この地域の家々は、一番上が居住ゾーン。
その居住ゾーンの下には中二階が設けられており、船着き場や漁具置き場、台所などの機能を持っ
ています。
主な交通手段は舟。小型のモーター付きボートやさらに小さな手こぎの舟が行き交います。
10歳に満たないような小さな子供たちも実に器用に舟を操り、買い出しや登下校をしています。
陸上でいうところの、自転車やバイクの感覚。操れて当たり前。
村の中で唯一水に浸からないのは、お寺とそこから村の中央を走る一本の道だけ。
乾期の間は道として利用されているものの、水位が上がれば道はその先を失い、
まさに陸の孤島になります。水揚げした小えびを日干しにしたり、舟の修繕をしたりと
すでに道ではなく、広場と化しています。
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道の両側に一列に並んで建つ家々は、道からさらに5mほど梯子を登り、ようやく母屋に至ります。
家の中から裏を見れば、「湖水地方」という言葉がぴったりの、楽園のような風景。
その中で、子供たちが水浴びをしていたり、手こぎの舟が穏やかに横切ったり。
村から湖に向かってさらに舟を進めると、両手には広大な浸水林が広がります。
そこはカンボジアというより、アマゾンの熱帯林やマングローブ林のよう。
林の中に船を舫ってしばらく浸水林と呼吸を合わせる。
たった数分のその瞬間にも、カンボジアの大地のリズムと豊かさが体にしみこんでくるようです。
水が上がったら上がったように、水が引いたら引いたように暮らすコンポンプロックの生活は、
豊かな自然の掌の上で暮らす、という人間の本来の姿を思い出させてくれます。
そして同時に、周囲の自然をよく観察し、その環境に合わせて自分たちの文化を創り出していく
人間の適応能力と創造性にはほとほと関心します。
小舟が行きかうコンポンプロックの風景の向こうには、
人間のしなやかさと置かれた環境と付き合っていくためにたゆまぬ努力がありました。
コンポンプロックへの行き方は、「JSTオリジナルツアー」ブログにて紹介します!
