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2月8日
村の男性たちが集まり、村中を練り歩きます
500リエルか ノムニエルか お酒か
大声を出して進み
家の前を通り過ぎる時 家々から女性たちが出てきてお供え物を差し出します
500リエルが ノムニエルが お酒が
多くのお供え物が集められました
これまで準備してきた全てのお供え物が 一つの家に集められ
特異な衣服をまとった男性に ニャックター神が降り下りてきます
ニャックター神に続いて 祠に向かい
サンボー村には 主とされるニャックターのための祠が二つ 存在して
一つ目の祠は 「扉」 という意味を持っています
祠にお供え物を集め 音楽を奏でると
ニャックターの周りに精霊たちが降りてきます
降りてきた精霊たちがニャックターの周りにいた老婆たちに乗り移り
精霊たちの思いのままに 老婆たちは踊ります
老婆たちが白い粉で顔を塗りたくるのは 精霊たちが「美」を求めているからで
白い粉を塗っては 鏡を見て 喜び 踊ります
このサンボー・プレイ•クック遺跡群は かつては都城だったとされ
都城の東側に参道が伸びていました
人々は東側から訪れ 寺院そして都城へ向かっていったとされています
一つ目の祠は 「扉」 遺跡群の東に位置します
二つ目の祠は サンボー・プレイ•クック寺院郡のすぐ隣に
一つ目の祠で儀式を終えたニャックター神 そして人々は
田園の中を通って 東から 遺跡群のある西へ向かいます
東から 西へ はからずも かつての人々が通っていたとされる方向へ
二つ目の祠は 「サンボーのすべてを支配する」とされる祠で
二つ目の祠には 多くの子供たちも集まり 多くの村人たちが ニャックター神を出迎えます
ここでも音楽が奏でられ 精霊たちが踊り ニャックター神が聖水を振りまきます
大人たちは 踊りに合わせて声をあげ
子供たちは 怯え 驚き 笑います
ニャックター神は来た道を戻り 降りおりてきた家へと戻っていきました
彼らはこの儀式は遺跡と共に受け継がれてきたものだと考えていて
村の豊穣を願う この儀式は こうして4日間を終えました
この4日間を 一番楽しんでいたのは やっぱり子供たちで
パチンコで森へ向かい 母親が作ったノムニエルを食べ 儀礼を目の当たりにする
大人たちが こうして儀式を執り行い
子供たちは 驚き 楽しみます
いつかは彼らが執り行う側になるわけで
こうして伝統儀礼が受け継がれて行く瞬間を 見ることができた4日間だったと思います
2月5日から2月8日までの4日間
コンポントムのサンボー村で、ある伝統儀礼が行なわれるとのことで
参加、取材してきました
サンボー村は、サンボー•プレイ•クック遺跡群のすぐ北東に位置する村で
儀礼は、このサンボー遺跡群が かつて都城遺跡として存在した時から
代々受け継がれてきたといいます
カンボジアで今なお多く行なわれるニャックター神への信仰
土着の神様を祀る、精霊信仰です
サンボー村では、ニャックター神の好物は 亀と猿
とされ、儀礼のためにそれらを用意しなければいけません
2月5日
村の雰囲気は いつもと変わらず
村の男性数人が集まり 村の西に位置する池へと向かっていきました
亀を取りに行くのです。
しかし 池に到着する前に、この日は断念
村を挙げての儀礼と聞いていたのですが、この日も集まったのは4人で
サンボー村は街から離れた農村で 近年街に出稼ぎに行く男性も増え
年々とこの儀礼に参加する人たちも減ってきているようです。
2月6日
この日は村にも少し変化がありました
朝起きると、子供たちがパチンコで遊んでいます
大人たちを先頭に、20人ぐらいの子供たちが集まり
サンボー寺院の眠る森へと進んで行きます
「いた」 という声が響くとみんなが森の中を駆け回り
一斉に石を放つ 放たれた石が そこらじゅうから飛んできます
狙いは猿 だったのですが、今回はこれ
村の男性たちが家を出て、食料を調達しに行く
こうして2日が過ぎました
2月7日
村が少し慌ただしくなってきたような
各家庭を訪ね歩くと 多くの家庭で女性達がノムニエルと言われる
日本でいうパンケーキのようなものを作っていました
ノムニエルは女性の乳房をイメージして作られ 豊穣を意味するもの
男性たちは家を出て食料を調達しに行く
女性たちは家で帰りを待ち 食事を作る
この儀礼は、こうしてカンボジアで続いてきた社会を暗喩している
と言っていました
2月8日、、、この続きはまた次項に紹介します
遅くなりましたが、今回記事を担当した豊永です
これから一年間JSTで活動させていただきます
