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コンポン・チャム州,プレイ・ヴェイン州,バッタンバン州にて,古民家と大工道具の調査を行いました。この調査は「財団法人竹中大工道具館」からの研究委託によって実施されています。

 

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カンボジアでは伝統的で自然素材の道具が次々に工業製品へと変わってきています。世界中のどの地区でも,多少の差はあれ,昔ながらの知恵が失われるという歴史があり,「時既に遅し」という時点で,それでもなんとかそれらを記録に残そうとしたり,場合によっては復興し,新たな価値を見出そうという動きがあったといえるでしょう。カンボジアでも近年,ごく限られた範囲ですが,そうした伝統的なモノや伝承文化を見直す動きが生じています。

 

特に,〈伝統的な道具〉を対象とした活動としては,「Tools and Practices - Change and Continuites in the Cambodian Countryside」と題された一般向けの書籍にまとめられた研究事業もその一例です。そこでは,バナナの葉っぱや,椰子の実,竹筒などの自然素材の道具が,様々な工業製品に移されている多数の事例が平明な文章で紹介されています。この書籍の筆者は,このような近代化,あるいはグローバリゼーションによって均質化と多様化という異なる二つの現象が促されていることを示し,一方的な伝統文化の消滅に対して,必ずしも憂うべき事態ではないことを主張していますが,こうした文献に取り上げられることなく失われている「かけがえのない」知恵も少なくないことでしょう。

 

この度,大工道具の調査を行う中で,まさに今,伝統的な道具が消滅していき,豊かな知識や知恵の継承が途絶え,失われつつあることに気づかされました。5年ほど前までは,民家の建設工事での各工程は手仕事で,様々な道具を駆使して創り上げられていたものが,ここ数年の間に,電動工具に変わり,過去の道具はすでに散在したという話ばかりが大工のインタビューからは聞かれました。本当にギリギリのところで,豊かな伝統の流れが途絶え,手が届かなかったという感が強く残りました。

 

今回調査の対象とした,コンポン・チャム州とバッタンバン州はカンボジア国内でも伝統的な民家が残されている稀少な地区です。五代に渡って棲み次がれたという築100年の民家にも数件出会うことができました。大工道具がカンボジアのどのような地区に残っているのかは既往の調査事例がありませんので皆目検討がつかない状況でしたが,こうした古民家が多く残されている地区には,大工道具が残っているのではないかと思われ,調査地区に選定しました。

 

コンポン・チャム州では,州都からメコン川沿い東岸を遡りながらの調査となりました。この地域はメコン川による肥沃な土壌に恵まれた多毛作の稲作や,タバコの生産,そして漁業なども盛んで,カンボジアの農村地帯でも豊かな土地です。また,フンセン首相の出身地であることもあってか,道路や学校なども良く整備されています。ベトナムから入ったムスリム文化も色濃く残り,仏教の村とイスラムの村が交互に並んでおり,オレンジ色の袈裟を巻いたお坊さんと,全身にスカーフを巻いた女性とが混在しています。イスラムの村にはモスクも多く,カンボジアの中でも独特な雰囲気に包まれていますが,厳しい戒律を遵守しているイスラムの村の方が,より整った印象を受けるのは気のせいでしょうか。

 

P1040442.JPGカンボジアの農村地帯の家屋は〈カンタン形式〉と呼ばれるスタイルが主流です。簡単に作れるのでカンタン形式,というわけではもちろんなくて,どうやら中国の広東地方から影響を受けた架構形式であることにより命名されており,いわゆる単純な切妻屋根の建物がカンタン形式と呼ばれるものです。今でも多数の民家がこの形式で造られています。

 

P1040413.JPGこの形式に加えて,20世紀前半に宗主国であったフランスの影響を受けた寄棟屋根の家屋〈ペット形式〉も地域によっては多く見られます。これら二つの形式の他に,カンボジアには四つの伝統的な民家の形式がありますが,いずれも今ではほとんど残されていません。コンポン・チャム州内の今回の調査地区では〈ペット形式〉が民家の半数ほどにのぼり,瀟洒な印象を醸し出すこの建物が建ち並ぶ村落はとても美しく見えます。

 

P1040387.JPGもう一方のバッタンバン州では,州都からサンカエ川を下る流路沿いに古い民家が多く残されており,この地区での調査を行いました。この地区もコンポン・チャムの調査地区と同様に仏教徒に混ざって多数のムスリムが住んでおり,道中いくつかのモスクが見られました。イスラムと古い民家,両者の因果関係は良く分からりませんが。。。

 

P1040599.JPGさて,肝心の大工道具ですが,古そうな民家があると立ち寄って住人に家の中を見せてもらうついでに,何か道具がないでしょうか,と伺ってみたり,有名な大工さんが近くにいないでしょうか,と尋ねてみたり,そして道沿いで工事中の家屋があると立ち止まって覗いてみたり,といろいろやってみたのですが,まとまった道具を持っている人にはなかなか出会うことができません。

 

地区によっては大工さんに出会うこと自体がとても困難で,「どこかにいませんかね?」と尋ねても,「今はコンクリート造(壁は煉瓦積み)の家ばっかりだから,木造家屋を専門とした大工さんは思い当たらないねえ」ということばかり。「そういえば,隣村の誰々さんが大工さんだったかしら」と聞きつけ,そこまで足を伸ばしても,「ちょっと前までは仕事してたけど,もう止めちまってね・・・」とかいうことで,昔から続けている腕の良い大工さんを見つけるのは難しくなっているようです。

 

P1040495.JPG大工さんに出会って,彼らの道具を見せてもらっても,さほど種類は多くなく,今では木材の加工は電動工具で行われているのが一般的なようです。コンポン・チャム州で出会ったある大工が言うには,「以前は数十の異なる道具を自作し,それらを使って大工仕事をしていたけど,それら数十の道具でできる作業の全ては,八年前に購入したこの電動工具によってできちまうんだよ」とのこと。しかし電動工具を自慢げに見せるわけではなくて,その顔は少し寂しげで,自分の腕を自慢する場所はもはや無いんだな・・・という悲しさが浮かんでいるようでした。

 

P1050011.JPG彼らが未だに持っている道具はおよそ10種類ほどで,中でも一番重要なのは「斧」。これは木を削るのにも,釘を打つにも使われるようで,現場では全員がかならず腰に差しています。その他,鉋や鋸,錐といったものはありますが,それぞれさほど種類はありません。

 

そんなことで,この両地区は数日にわたって調査をしましたが,結局めぼしい大工道具は見つからず・・・。そして,コンポン・チャムからの帰り道,カンボジアの中心に位置するコンポン・トム州を通過中に知り合いの家を訪ねたところ,彼の義理の叔父が大工であることが判り,おじゃますることに。

 

そこでようやくまとまった大工道具に出会うことができました。

持ち主は既に八三歳の御高齢。しかしまだまだしっかりとしておられ,次から次へと道具を倉庫から引っ張り出して下さりました。また,いろいろと話をすると,「そういえば台所にもこんなのを置いてたな・・・」とかいって,出してきてくれて。

結局80点以上の大工道具が出揃いました。

 

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しかしながら,これでも若かりし頃と比べると道具の数はかなり少なくなってしまったようで,近くで大工工事があるとそれらを貸してしまって,返ってこなかったり,あるいは壊れて捨ててしまったりといろいろな思い出の中に大切にしまわれているものが沢山あることが分かりました。

 

 

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それらの大工道具はいずれも硬い良質な木で造られており,黒光りしてどれもズッシリと重量感のあるものばかり。「道具に最上の木を使わないと良い家は建たないんだよ」とのこと。

それら一式を譲って頂けないかと恐る恐る尋ねてみましたが,まだ今は近くで借りに来る人もいるしダメだねえ。との返答。

ぜひとも,これ以上なくさないように,大事にしておいてほしいです。

 

 

日本では神戸に竹中道具大工館(http://dougukan.jp/)があり,実にたくさんの道具が展示されています。大工道具を通じて歴史や社会の様々な側面が浮かび上がってきます。

一生ものの何よりも大事な家を造るための道具には,知恵と職人技の粋が集約されており,それが時代を反映しているようです

 

カンボジアでも今後またこうした調査を別の地区で行っていきたいと思います。(一)