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現在、日本国政府アンコール遺跡救済チーム(JSA/JASA)は、バイヨン東門において修復工事を行っています。

その一環で東門と東参道の接続部周辺の整備を実施しようとしたところ、床面下より多くの前身遺構の痕跡が見つかったため、調査を行いました。その結果、東門正面よりこれまでに2つの階段を有する基壇の痕跡が発見されました。

参道が増築される前には、おそらくこれらの基壇がバイヨン東正面の造形を形作っていたのだと思います。しかも、初期、そしてその後に増築したと思われるこの2つの正面の階段の痕跡の間隔は5m程度ですので、バイヨンの正面の造形を決定するのに隅々まで苦慮しながら建造していた様子がうかがわれます。

またその後に増築されたと思われる参道に関しても現在の状態にたどり着くまでに少なくとも1度その形態を変化させたと思われる痕跡が見られます。

さらに床面上には多くの柱穴痕も残されています。現在はこれらの調査成果を基に、どういった建造過程が考えられるか検討しています。


バイヨン寺院は幾度もの増改築の過程を経て、現在の状態になったと考えられています。これまでにパルマンティエやデュマルセ、オリビエ・クニン等によってバイヨンの増改築について研究がおこなわれてきましたが、詳細はいまだに謎に包まれています。今回の発見はそういった状況の中で、バイヨン正面の建造過程に新たな見地を与えるもので、バイヨン研究史の中でも非常に重要な意味を持つものになるかと思います。

今後はさらに東参道全体の調査を行い、バイヨン正面の計画の変遷を追っていこうとJASAとしては考えています。


各段階の痕跡を見ますと、最終的な仕上げの装飾が完成しないまま次々と増築が行われていたようですので、作っては増築し、また作っては増築していくように指示された現場で働いていた方々の気持ちを察すると、個人的には非常に複雑なものがあります。

しかし、バイヨンの魅力的な造形はジャヤヴァルマン7世を始めとした歴代の王、そしてそれを支えた国民等の方々の苦心により生まれたものだと肌で実感できる調査でした。


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バイヨン寺院東参堂テラス解体前の状態



151107k_02.jpgのサムネール画像

初期のものと思われる階段痕跡



151107k_03.jpgのサムネール画像

初期及びその後に増築したと思われる2つの階段を有する基壇の痕跡(黄が現状では初期のものと思われる痕跡、赤がその後増築したと思われる痕跡)


 

By コウ・ベット、石塚