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 インターン生として活動させて頂いてます富山大学の奥です。

 東参道テラス西端南調査区では、テラスと回廊の建造順序を確認するため調査を進めています。調査区東端に設けたサブトレンチ内の断面が以下になります。
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サブトレンチ西側断面
 この断面の右側に見える褐色系の層がテラスの掘り込み地業、左側に見える黒色系の層が回廊の整地であると思われます。回廊の整地層にテラスの掘り込み地業層が切り込んでいますので、この断面からはテラスの方が新しいということを推測できます。
 これを平面的にも確認する必要がありますので、現在、調査区全体を少しずつ掘り下げています。しかし、写真の上半分では断面上端より約10㎝掘り下げているのですが、回廊の整地層が平面的にあらわれてはきません。代わりに、調査区の中央付近で北西から南東にのびるラテライトの列が検出されました。
20140305-1.JPG
 わかりにくいかもしれませんが、写真左下から右上の方向へのびているのがそれになります。これは、整地にも掘り込み地業にも関係しないものであると思われます。もしかするとテラスと回廊の交点から沐浴池へと続く排水溝が存在し、その蓋石なのではないかという仮説も出てきました。しかし、このラテライトの列は1列のみであって、沐浴池の方まで続いているのかどうかは調査の手が及んでいませんのでわかりません。これからの調査に期待です。

 インターン生として活動させて頂いております富山大学の奥です。

 前回のブログで紹介しました積石の構造物に関して、少しずつ理解が深まってきました。
20140228-1.JPG
[東参道テラス入口から撮影]
 写真中央の少し上、作業員の方が立っているところがその構造物になります。これは、写真右側から広がる敷石に続くものと思われます。おそらく外壁とそれに伴う舗道状のものではないかと考えています。そして、調査の結果、下の写真のようにこの2つは途切れていることがわかりました。
20140227-1.JPG
[東から撮影]
 東参道テラス北側の同一遺構では、目視ではありますがこの2つがつながっていることを確認できますので、後世に何らかの理由でこの部分が取り除かれた可能性を考えることができます。ではその理由とは何か。謎は深まるばかりですね。
 実は、この辺りはフランス極東学院(EFEO)が80年ほど前に発掘調査を行っていたこともわかっており、その埋戻しの地層を確認することにも努めています。わずかではありますがこれ程前の調査記録が残っているということに本当に驚きました。

 そして、積石の構造物は外壁と舗道にわかれています。
20140304-1.JPG
[西から撮影]
 
 写真の構造物左半分が外壁、右半分が舗道であると考えています。これらは写真手前で直角に曲がり右方向(南)に伸びると考えられるのですが、調査の結果、外壁は先ほどと同じようにその屈曲部が途切れていることがわかっています。
20140304-2.JPG
[北西から撮影]
 舗道は一部取り除かれてはいるものの、構造物とのつながりを確認できます。
 テラス北側の同一遺構では途切れが見当たらないため、これが何を意味するのか調べないといけません。門を建てる際に取り除かれたということも一つの可能性として考えています。

 このように非常に複雑な構造となっていますが、次は断面図作成の後に土層確認用の畔を取り除き、全体像を確実に把握していきたいと思っています。