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 1998年より開始されたサンボー・プレイ・クック遺跡群での調査活動は,15年目を迎えることになりました。アンコール遺跡における修復工事と比べれば細々とした活動ではありますが,一つの遺跡群全体の研究・保存・整備・活用という総合的な取り組みの中で,様々な課題に取り組んできました。そして,これからもこの事業に携わるメンバーの成長と共に,継続的にプロジェクトを展開していきたいと考えています。

 

 事業の枠組みとして新しいフェーズが開始されるわけではありませんが,2013年に入り,この遺跡群の位置付けが大きく変わってゆく予兆を感じさせる光景が見られます。

遺跡群へアクセスする道路整備工事です。

 

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 はじめて遺跡群を訪れた15年前には,最寄りの町から遺跡群へはまともな道がなく,乾季に田んぼの中を突っ切って向かうような日々でした。途中には泥沼にはまった車が何台もスタックし,それらを救出しながらようやく遺跡に到着すると,既に昼近く,というようなこともありました。

 コンポン・トム州からプレア・ヴィヘア州へと向かう道を外れてから先は舗装されることがなく,部分的に道を均しても一度雨季を越えてしまえば悪路へと逆戻りという状況が何度となく繰り返されていました。数本の道が最寄り町から遺跡群までの多数の村落を貫いていますが,道路の状況によってそれらの道を毎年変えてアクセスをしていたため,随分とこのあたりの細い道にも詳しくなりました。

 

 数年前に道路沿いに電柱が立ち,電線が通ったときにも感慨深いものがありましたが,今回の道路整備は改めていろいろなことを考えさせられました。道路整備によって一気に村は町と連結し,首都のプノンペン,一大観光地のシェムリアップとの距離も狭まることでしょう。新たに得るものも,失うものも少なくないように思います。

 サンボー・プレイ・クック遺跡群も片田舎の史跡から,急速にカンボジアの観光地へのネットワークの中に組み込まれていくことでしょう。その中で,この遺跡群が果たすべき役割もその幅を大きく広げていくことと思います。

 

 

 さて,遺跡群内の煉瓦遺構での修理が続いています。プラサート・サンボー寺院の主祠堂での一部解体・再構築工事です。

 この遺構の正面入口扉の上枠材は,半壊したままでこれまで放置されてきましたが,修復工事では,これを一度取り外し,破損の著しい方立を新材に交換したのちに,その上に設置しなおします。

まずは上枠材を工事中に仮置きするための木枠を設置し,石材を移動しました。寺院の付近には重機が近寄れないため,各作業は人力で進められました(重機を購入・設置するための予算がないこともありますが)。

 

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 新たに加工した約2.5tの扉方立となる砂岩材は,土嚢袋を敷き詰めて養生したテラス上を二輪車に載せて移動しました。扉へは滑車で引き揚げて設置個所へと運びます。最後に現場で石材の再加工をして細部の位置合わせをしました。

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 とりあえず,現段階では扉方立を仮設置するところまで完了し,今後は新材表面をびしゃん仕上げとして新旧部材が区別できるようにします。さらに,方立と背面の壁体との間を煉瓦積みで詰めて安定させたのちに,上枠材を再設置する予定です。

 

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 こうした作業を進めるメンバーは遺跡周辺住民よりなりますが,これまでに調査や修復工事に従事し,少しずつ経験を積んできています。事業予算の制限もあり,現在は10名前後と十分な人員が確保されていないことから,各作業員への負担が大きく,工事の各工程を全員が順次取り組んで進めていかねばなりません。なんとか,現状の倍のメンバーよりなるチームを構成して修復作業を実施したいと考えています。

 

 現修復メンバーは,昨年末にカンボジア国内の他の遺跡群の視察ツアーに参加してもらい,プレア・ヴィヘア遺跡,コー・ケー遺跡,アンコール遺跡等を巡りました。その中で,サンボー・プレイ・クック遺跡の歴史的・建築的な特徴を考え,その他の遺跡での保存のための取り組みを学びました。

 

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 遺跡群内でも7世紀には2km四方の都が位置していた都城址では,1月に入ってから地下探査による調査を行いました。これまでにも考古学的な発掘調査によって,埋蔵遺構が確認されていた地区でしたが,より面的な地下の状態を把握するために,地中レーダ探査を行いました。また,都城内で直線的な土手状遺構が確認されていた箇所では,こうした地形の地下における埋蔵遺構の有無を調べました。

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 今回の調査には地元の学生にも参加してもらうことになりました。

遺跡群内には,タイの王室によって支援されている高校がありますが,ここの高校生10数名が3か月間程の歴史研修プログラムをカンボジア政府文化芸術省の指導の下進められています。今回の地下探査では,この学生にも参加し,遺跡研究の現場を体験してもらいました。

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 地下探査の結果を検証するために,一部で発掘調査を行いましたが,学生には実際に地中レーダの機器を学生にも引っ張ってもらったり,発掘調査にも参加してもらいました。

 こうした地域の若い世代が,遺跡を保存・活用する活動の中心メンバーになり,地域と文化財をつなぎ,共に生きていってほしいと思っています。

 

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 遺跡と世界をつなげる道路ができれば,こうした将来を担う若者が都市へと夢を抱いて出ていくこともより簡単になるでしょうし,あるいは世界から訪れる人々に自分たちの文化や歴史を伝えようと地域に根差した活動を進めていくこともできるようになるでしょう。こうした歴史的な遺産を身近にもつ地域に彼らは生まれ,生活しているわけですから,ぜひとも地域を世界に紹介していく側で,世界との距離を縮めていってもらえたらと思っています。プログラムの終了後も,こうした学生メンバーと修復や調査の体験を共にしていければと考えています(一)

 

 

*サンボー・プレイ・クック遺跡群における修復工事は,住友財団(海外の文化財維持・修復事業助成)による支援のもと進められています。また,研究事業は文部科学省科学研究費にもとづき進められています。

新年、あけましておめでとうございます。

カンボジアでは穏やかなお正月となりました。

 

さて、今年は蛇年、つまりカンボジア風(?)に言えばナーガ年です。

蛇(ナーガ)は仏教・ヒンドゥー圏のアジアではいつの時代も大切に礼拝され、泉や池に貯えられた生命エネルギーの保持者であると信じられてきました。

ナーガは繁栄と豊穣をもたらし、病を癒し、そして望みを叶えてくれるといいます。

 

ということで、この大切なナーガ神を対象としている、バイヨン寺院の「ナーガ・シンハ彫像修復事業」も、着々と修復工事が進んでいます。

 

現在は、バイヨン寺院外回廊の南東隅の建物にある、ナーガ像とライオン像、そして欄干の修復を進めています。

9月から新しく修復スタッフとして加わった5人のメンバーも、JASAのベテランスタッフからのトレーニングを受け、日々頼もしく成長しています。

 

われてしまいたり、ひびが入ってしまっている地覆や胴体の接着をしている様子。始めは手取り足取り教えてもらっていた修復作業ですが、最近ではこうした基本的な修復作業はJSTメンバーの手でも進められるようになってきました。

 

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また、11月より、T57の新たなの箇所の解体とライオン彫像の修復が開始されました。

ライオン彫像の一部には、20世紀中頃に行われた過去の修復の際に、破断によって失われてしまった足の部分コンクリートと鉄による補強を施している箇所がありますが、近年既往修復が脆くなり、再び彫像が壊れてしまう危険性があるため、一度取り除き、砂岩新材による補填を行なうことにしています。

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JST新人技術員が新材加工トレーニングを受けている様子。

 

彫像へ新材を補填する時は、割れている形状に合わせて加工をする必要があり、特に彫像の場合はとても高い技術が必要です。

このとても難しい作業を、JASAの経験豊富なスタッフが素早い手つきで加工していく様子は見事です。

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T57の新たな箇所の解体風景。

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今年も現場の安全の願いつつ、修復工事を進めていきたいと思います。

 

当事業(アンコール遺跡 バイヨン寺院 石像修復プロジェクト)は日本ユネスコ協会連盟との協力し、JASA(日本国政府アンコール遺跡修復チーム)の技術的な協力を受け、実施されています。