BLOG

インドネシアを代表する遺跡であるボロブドゥールは1970年代にユネスコを中心とした国際協力の下,大規模な修復工事を行いました。1983年に工事が完了してから約30年間が経ちますが,2010年のムラピ山噴火による火山灰の被害等も危惧されるところで,新たな保存処置の必要性が問われつつあります。
120622_01.JPG今年1月からドイツ政府の支援にもとづき,ユネスコは保存処置のための予備調査を開始しました。6月には2回目の予備調査が実施され,主に浮き彫りの保存処置と構造の安定性を評価する現地調査が行われました。

ボロブドゥールはバイヨンと同等の規模を有しており,世界の二大仏教遺跡として双璧をなすといっても良いでしょう。ボロブドゥールは土饅頭型のストゥーパ であるのに対して,バイヨンは複合的な祠堂と回廊が連結されており,室内の有無によって建築形式の上では大きな違いがありますが,宗教建築としての創造上 の発露が双方の寺院には共通していることは誰しもが感じるところではないでしょうか。
120622_02.JPGボロブドゥールに鎮座する無数の座仏像と,バイヨンに林立する尊顔塔とは,いずれも来訪者を神の遍在の中に静かに包み込み,寺院の長大な回廊を礼拝する内に深遠なる精神世界へと内向させ,最終的には天上の世界へと昇華させる大いなる器です。

120622_021.JPG過去に行われた修復工事では構造的な安定化を図るために基壇内部にRCの大掛かりな構造体を埋め込むことになりましたが,以後も1400枚にも及ぶ浮き彫りパネルには基壇背面からの漏水が認められており,埋設されたコンクリートとの関係による石材劣化が懸念されています。ボロブドゥール保存事務所では2003年より回廊の部分的な解体再構築を進めており,遮水処置は効果を上げていますが,なんらかの科学的な保存処置を実施するべきかどうか,今年から調査が開始されました。
120622_03.JPG浮き彫り保存にあたっては,アンコール遺跡等でも実績のあるケルン大学のライセン教授夫妻とウェンドラー氏が現地調査を行いました。浮き彫り表面へのカールステンパイプによる含浸量調査・石材の含水率調査・超音波伝播速度やドリル貫入による強度試験・壁面からの水分蒸発量調査などが実施されました。ボロブドゥールは安山岩の石積みよりなっていますが,それらの石材が約8種類に大別されることも分析の結果明らかになりつつあります。
120622_04.JPG
120622_05.JPG120622_06.JPG一方,遺構の構造的な安定化の評価にあたっては,モニタリングの方法や体制,データの分析方法について保存事務所の専門家から現状を共有し,また過去に実施した地盤工学的な調査結果についてもできるかぎりの資料を収集しました。保存事務所には1970年代に行われたユネスコによる修復工事の資料が大量に保管されており,それらのアーカイブやデータベースの作成も進められていますが,今回は既に報告書としてまとまったものを対象として調査を行いました。
120622_07.JPG1週間ほどの短い調査でしたが,ボロブドゥール保存事務所とジャカルタの文化省における会議にてこうした調査結果と専門家からの所見が報告されました。今後さらにこうした調査が求められるところです。
120622_08.JPG最終日にはボロブドゥールの前に設置されたステージにて,往時の寺院建立をストーリー立てた舞台が披露されました。伝統的な舞踊と現代的な演出とが織り交ぜられた完成度の高い見事な舞台で,ボロブドゥールとの別れが名残惜しくなる一時でした。(一)
120622_09.JPG







シェムリアップにて毎年2回開催されているアンコール遺跡群の保存開発のための国際調整委員会(ICC)が6月6,7日に開催されました。ICCに先立ち,ユネスコの専門家,アドホックメンバーが各修復サイトを視察にまわりますが,今回は6月4日にバイヨン視察となりました。

JASAは第四次フェーズが開始され,バイヨン寺院でも様々な新たな事業が開始されています。今回のサイトビジットではこうした事業を包括的に紹介することとなりました。

120604_1.JPG

新設したばかりのバイヨンハットにて事業の広報活動を説明することに始まり,外回廊隅塔の修復工事,外回廊浮き彫り壁面の散乱石材同定調査,参道脇の沐浴池の考古学的研究,内回廊の浮き彫り保存研究,中央塔の基壇安定化の研究,中央塔上部石積み構造への補強設置案の検討,そして参道と回廊の石彫の修復事業の計画についてそれぞれ順にまわりました。最後にはプラサート・スープラの近くにおいて進めている本尊仏の修復・模刻事業の製作現場へと足を運びました。

120604_2.JPG

120604_3.JPG120604_5.JPG

ユネスコからは4名の専門家が視察に来られましたが,各所にて様々な質問と協議があり,今後の方針を検討する上でたいへん有益な場となりました。

特に,今回の視察で重要な課題であったのは中央塔の基壇安定化に関する研究で,これまでの各種調査に対して専門家から高い興味が示されました。過去の発掘孔の補強工とテラス上面の遮水処置については十分な必要性が認められ,今後より具体的な工法を検討する段階に入りました。

120604_4.JPG

ICCは今回からアプサラ機構の事務所ホールにて開催されることになりました。2日間にわたり,実に様々な修復・研究・開発事業についての報告があり,遺跡の保全に対する多様なアプローチがあることを改めて感じる場でした。

120604_6.JPG

また,ICCの翌日にはJASAオフィスにてアンコール遺跡群の構造と水利を議論するワークショップを開催しました。ICCでは広い分野にわたる多数の発表が続きますが,それぞれの報告に対する技術的な議論をする時間が極めて限られています。こうした中,現場で修復計画を立案している主要メンバーが顔を突き合わせ,具体的な議論を交わす場は公式にはあまりありません。今回のワークショップでは特にアンコールの水環境において基壇構造の安定化について深く意見を交換する貴重な機会になりました。(一)
120604_7.JPG

昨年,2011年はバンコクの洪水が広く日本でも報道されましたが,カンボジア,アンコール遺跡もまた例年にない異常な冠水範囲を記録しました。

浸水に伴う地盤の軟弱化により遺跡の倒壊や変状が認められた遺跡もありました。アンコール遺跡群は古代水利都市とも呼ばれるほどに,バライを始めとする大規模な水管理の施設が多数造営された都でした。ここアンコールでは乾季に備えて雨季の間に貯水することが重大事の一つであったことは確かですが,それ以上にいかに効率よく排水し都市の生活環境を維持するかということに高い関心があったように思われます。

120606_1.JPG

通常ではとてもフルには活用しきれない水路や環濠,溜池が不定期におとずれる異常気象時には,きわめて重要な排水施設であったことが実感されます。

昨年の記録的な雨量は11ヶ月間で2000ミリ以上を記録しており,通常の年間降雨量1400ミリ程度を大きく上回りました。

バイヨン寺院も昨年の雨季には周囲が冠水し,あたかも湖に浮く小島のような様相を呈していました。また,アンコール・トム内は広く森が広がっているのであまり被害が目立つことはありませんでしたが,多くの地区が長期にわたり冠水しました。

こ うした状況の中,遺跡の保存開発を担うアプサラ機構は排水のために既存の道路を切断し,また新たに排水溝を設ける処置を施しました。アンコール・トムの北 門橋は部分的に崩壊したため,現在では鉄筋コンクリート造の架橋を構築し,また死者の門にも新たな橋を設置している最中です。

 

120606_2.JPG 120606_3.JPG 120606_4.JPG
120606_5.JPG

アンコール・トム内の排水溝は現地表面を大胆に掘り下げるもので,地中からは多数の遺物が掘り返されているのが確認される箇所も少なくありません。また,道路を切断する工事では20世紀初頭にこの道路を敷設した際に用いた遺跡の散乱石材が多数掘り返され,そのまま放置されています。

120606_6.JPG

120606_7.JPG

こうした排水のための対処が必要であることは確かですが,現状の対応はあまりにも場当たり的なもので,遺跡の構造的なオーセンティシティーの損失,考古学サイトの攪乱,既往修復への不用意な混乱を招いているように感じられます。

当時の都市構造と上下水の管理の在り方を検討し,将来的な研究の妨げとならない方法を慎重にデザインすることが必要です。

アンコール遺跡群では,今年4月に国際的な研究チームが共同で,世界でも考古学研究を目的とした事業としては最大級の航空測量を行いました。現在データの処理が進められているところですが,古代の水利構造の解明,そして現在の水環境の改善にあたり極めて重要なデータになることは間違いありません。

JASAでは日本からの研究者と共同で,これらのデータを利用した水利工学の研究を進めていくことを予定しています。(一)