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JASA第三次フェーズの最重要事業であるバイヨン南経蔵修復工事も残すところ半年になりました。

2010年12月末の時点で上部基壇の再構築までが完了し、残すところ、床面・壁体・柱・屋根の再構築となりました。工事の中でも最も慎重な仕事が求められた中部基壇と上部基壇間での石積みの調整作業が無事に完了し、後は構造的な補強と室内の排水に留意しながら、上部構造を再構築していきます。

101231-1.JPGまた、2011年8月からの第四次フェーズの継続が決定し、現在は事業内容や体制について日本政府-ユネスコ-アプサラ間での検討が進められています。

 

2010年の大晦日、事業事務所であるシェムリアップUNESCO/JASAオフィスでは全団員計70名にて恒例の忘年会を開きました。通常は展示施設であるホールの展示パネルなどを全て外し、八角形のホールは踊りながらグルグルと回るスタッフの渦が永遠と回るようでした。

101231-2.JPG2010年も多くの方からの支援をいただき、様々な活動を行うことができました。

来年もまたどうぞよろしくお願い申し上げます。(一)

先日のプレア・ヴィヘア訪問に引き続き、ダンレック山脈上に位置するタ・ムアン・トム寺院の現状調査を行いました。タ・ムアン・トム寺院はプレア・ヴィヘア以上に衝突の緊張感が高かった遺跡ですが、現在ではそうした緊迫感はだいぶ緩んできているようです。ただし、やはり塹壕や機関銃が未だに据えられており、完全に緊張の糸を解いたわけではないようです。

TMT5.JPG 現在ではカンボジアとタイのどちらからもアクセスすることができ、境内には両国からの観光客が混ざっています。ただし、双方の兵士が訪問客を監視しており、カンボジア側から入場した観光客がタイ側の境界線に近づくと直ぐさま警告され、またその逆も同様です。タイ側からは遠足で中学生が多数訪れ、少し前まで緊張した地区であったとは信じられないような状況です。タイ側からの訪問客を増やそうとするタイ政府の思惑があるのではないかと思われるほどでした。

 TMT1-1.JPG TMT1.JPGタ・ムアン・トム寺院はアンコールからピマイ寺院へと至る王道上、ダンレック山脈を越える要所に位置しています。プレア・ヴィヘア、ニャック・ボアスと並んで、ダンレック山脈上の三大寺院に数えられることもあります。

TMT4.JPG寺院のカンボジア側の麓にはプラサート・チャンという寺院が位置しており、またタイ側にはタ・ムアン・トイ、タ・ムアン等の施設が配置されています。プレア・ヴィヘアのような立派な石階段はありませんが、ここにもダンレック山脈を越えるラテライト造の階段とその途中にはテラス状の遺構が見られます。

TMT3.JPG 

過去の修復工事によってオリジナルの状態が大幅に失われてしまったために、研究の幅が狭まってしまったことが残念なところですが、山上寺院の建築的特徴を色濃く示す重要な遺跡であることは間違いありません。

 

これまでに正確な図面等が作成されたことがないため、今回の調査では伽藍内の各遺構の平面図の作成を行いました。また改めて、伽藍全体の配置測量を実施する予定です。

 

寺院の東方にはタ・クロバイと呼ばれる砂岩造の祠堂がやはりダンレック山脈の尾根上に位置しています。

TMT6.JPG少し前まではやはりここも一触即発の緊張地帯で、カンボジア側からは急な崖を登るロープウェーがあり前線との物資供給などに利用されていましたが、現在は運休しています。代わりに寺院西方からの車両道が建設中で、カンボジア側の領土主張が示されているようです。(一)

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2010年8月の調査に引き続き、チャウ・スレイ・ビボール寺院の調査を行いました。この遺跡はアンコールからベン・メアレア寺院への王道の途中にあり、小丘の上に伽藍を配置し、その周囲に周壁と環壕を巡らせています。

 

CV1.JPGこれまでこの寺院は正確な配置図がなかったため、配置測量を中心とした調査を実施しました。不整形の丘の形状を内包するようにして全体が計画されたために、寺院の囲繞施設と内部施設との配置が変則的になっている興味深い構成です。

 

アンコール遺跡から30分でアクセスすることができ、今後観光客が訪れるサイトになるかもしれません。アプサラ機構も発掘調査を実施しており、今後は環壕の貯水整備事業も計画されています。

丘の上からはクーレン山が眺められる気持ちの良いロケーションです。

CV2.JPG加えて、チャウ・スレイ・ビボールのさらに東、王道脇に位置するバンテアイ・アンピル寺院の測量を含む調査も完了しました。

CV3.JPG小規模ではあるものの、彫刻や建物の完成度が高く、他の「施療院」施設の見本となるような遺構です。(一)

バンテアイ・チュマール遺跡はバイヨンと並行して建設・増改築をされた寺院で、バイヨン寺院の解明にあたり、最重要の比較研究対象になります。尊顔付きの塔状の建物の発展過程はこれら両寺院を併せて見ることで一連の流れが確認されますし、また回廊への浮き彫りも表現として類似していながら、題材の取り扱いや、各場面の構成はバンテアイ・チュマールの方が大胆であるなど、いろいろな点で興味が持たれます。

BM1.JPGバイヨンはアンコール遺跡の中で他の関連遺構との関係性は埋没してしまい分かりにくい部分もありますが、バンテアイ・チュマールはその衛星寺院との関係がより明瞭に示されており、寺院相互の配置や宗教的連携を考察する上でも鍵になる可能性があります。

 

遺跡群中央に位置する大型伽藍は崩壊が著しく、平面図を手掛かりに歩いても自分の居所がわからなくなってしまうほどです。

BM2.JPG現在この遺跡ではGlobal Heritage Fundによって修復工事が実施されています。中央部付近では局所的ですが、高く堆積した崩落部材を取り除き、寺院の床面までクリアランスする整備が行われています。伽藍内部の床面がこのように確認されたのは初めてのことで、この作業によって、台座やペディメントの浮き彫りが明らかになりました。バンテアイ・チュマールはバイヨン期の仏教寺院の中では唯一、後世のヒンドゥー宗派による仏教破壊活動を免れた貴重な寺院で、こうした作業によって今後重要な痕跡が見つかる可能性が高いでしょう。

BM3.JPGまた、外回廊の東面でも浮き彫り壁面の再構築が行われています。

BM5.JPGその他、文化芸術省による独自事業として環壕南橋の乳海攪拌の巨像の修復工事も進められています。

BM6.JPGバンテアイ・チュマールはこの中央寺院の周囲に衛星寺院やバライ、水路などが巡らされて構成されており、そうした配置や水利構造は現在研究を進めているベン・メアレア等とも比較対象として重要になっていますが、今回はメボンを除く衛星寺院を訪れました。基本的に内周衛星寺院と外周衛星寺院の二種類に分けられますが、いずれも少しずつ寺院構成や規模が異なっています。完成度は低い中で、尊顔彫刻だけは他の装飾に優先して完成されており、あたかも尊顔を高く掲げるためにこれらの寺院が配置されたようにも見えます。

BM7.JPG都城規模の配置計画分析の可能性を検討していますが、森が深く、測量作業は困難を極めることも予想されるところで、慎重に研究計画が求められそうです。(一)

ユネスコ世界遺産に登録されて以降、カンボジアとタイとの領有権問題が生じていたプレア・ヴィヘア寺院が2010年12月初めにようやく沈静化しました。現在でもまだ外国人観光客の自粛が促されてはいますが、ようやくカンボジア側からは比較的安全に訪問できるようになりつつあります。

PV1.JPGカンボジア側からはダンレック山脈の急な崖を越えなくてはなりませんが、現在は寺院西側の急坂が多数の重機で急ピッチで改修されており、近い将来、より快適に車両でも寺院付近までアクセスすることができるようになりそうです。

また、第五ゴープラへと至る寺院東側の石階段による山道には麓から連続する長大な木道の設置がほぼ完成しています。車で寺院まで入山し、帰りはこの修験道のような木道で下山するというルートが将来的には一般化することが予想されます。

PV5.JPG PV6.JPGタイ側はまだ開いていませんが、寺院入り口付近にはお土産物店が並び始め、タイからの入場を管理する小屋や木道の準備も進められています。

PV2.JPG寺院そのものは、すでにプレア・ヴィヘア機構によって整備が進められ、危険箇所への支保工や木造の階段が設置されつつあります。また、参道脇の石灯籠の修理や、境内の散乱部材の整理なども進められ、寺院内ではこれまでに気づかなかったような痕跡も多数見ることができます。

PV3.JPG PV4.JPGまた、プレア・ヴィヘア機構によって山の麓では考古学的発掘調査なども行われています。

PV7.JPGとはいえ、2年間にわたる衝突の傷跡は生々しく、特に寺院の正面付近、タイとの前線には広範囲に渡り塹壕の痕が残っています。

PV2-2.JPGプレア・ヴィヘアは今後様々な国や機関によって開発・整備・修復されていくことが予想されますが、カンボジアとタイとの平和の象徴となるべく役割をぜひ担って欲しいと思います。

 

日本国政府アンコール遺跡救済チームと早稲田大学・名城大学研究グループは2011年3月より寺院全体の平面測量を始めとする調査を開始する予定です。(一)