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4月末から5月初めにかけて、アンコール遺跡周辺地区でのボーリング調査が東京大学 徳永朋祥先生を中心としたチームによって実施されました。

 

本チームはこれまで数年にわたりアンコール地区の地下水を対象とした調査を進めていますが、今回は新たにシェムリアップ市街地にて深さ約40mのボーリングを行い、地盤構造や帯水層についての調査が実施されました。

 

100510_3.JPGまた、トンレサップ湖では、昨年の湖底音波調査に引き続き、約15mのボーリング調査が実施され、湖の誕生時期に迫る研究が行われました。

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  100510_4.JPG収集された試料はさらなる分析が進められますが、今後の分析結果に期待が高まります。(一)

 

*本研究は科学研究費「国際観光都市アンコール地域の持続可能な流域水管理(研究代表者:東京大学 徳永 朋祥) 」の一環として実施されています。

サンボー・プレイ・クック遺跡群の煉瓦造遺構を修復するための材料試験と工法試験を行っています。

 

遺跡群内のプラサート・サンボー寺院では、ここ数年間、発掘調査を行っていますが、様々な煉瓦遺構が新たに出土しています。特に、昨年からは中央の一辺20m四方のテラスの発掘調査を行い、これまでに西側半分のテラスがほぼ出土しましたが、各所ともかなり傷んだ状態にあります。このままでは、劣化が進んでしまうことから、これを埋め戻すか、あるいは適切な保存処置をすることが必要です。

 

100508_1.JPG七世紀に建立されたこの寺院内の発掘調査からは、後年のさまざまな増改築が確認されており、それら全ての出土した遺構を保存することは難しい状況にありますが、中央テラスは少なくとも一度の改築が認められているものの、出土したそのままの状態で保存することが可能です。そのため、中央テラスの煉瓦積みを保存するための方法を検討しています。

 

煉瓦は地盤沈下や煉瓦の自然落下等によって部分的にかなり変形している上、人為的な破壊の被害も認められます。特に、樹根の侵入に伴う変形が著しく、もともとは密着して積み上げられていた煉瓦積みの各所に亀裂や剥落が生じています。これらの亀裂や目地開きは、さらなる変形や崩壊の原因となる他、新たな植物が根を張る場所を提供してしまうことになります。

 

100508_3.JPG石積みの修復工事と同様に、変形した建物は各部材を解体して、再び積み上げることができれば良いのですが、煉瓦造の場合はそうはいきません。劣化した煉瓦では、解体した各部材が壊れてしまいますし、何より、無数の煉瓦を一つ一つ解体して元に戻す作業は現実的に不可能に限りなく近い仕事となります。

 

そのため、変形を残したままに、亀裂や目地開きを充填し、これ以上の劣化・破損が進まないようにする方法を検討しています。そのために必要となるモルタルの材料試験、そして充填のための工法の試験を行っています。

 

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100508_4.JPGこれまでの材料試験である程度の材料の選択、配合が決められていますが、現場作業での施工性がやはりなにより重要な点となってきます。そのため、現場で試験施工を行って施工性の確認を進めています。

 

試験はバイヨン寺院で石材修復の工事にあたっているベテランの作業員数名と、カンボジア人専門家も参加し、現地作業員と共同で行われています。何回かの試験施工を行った後、最終的な修復方法の決定を図る計画です。(一)

 

*サンボー・プレイ・クック遺跡群保全事業は、文化財保護芸術研究助成財団と住友財団からの支援をいただいて進められています。

アンコール遺跡の中心に位置する王都「アンコール・トム」。バイヨンやバプーオン、象のテラスやライ王のテラスなど、観光客も必ず訪れる最重要地区ですが、これらの重要な寺院群を包括しているアンコール・トムそのものについてはほとんど知られていません。

 

これはなにも観光客に限ったことではありません。研究者にとっても常に身近な存在であるにもかかわらず、ほとんど関心が払われずにきました。その理由は、一辺3キロの環壕と高い周壁に囲まれたこの都城が、現在深いジャングルに呑み込まれて、足を踏み入れるのが極めて困難であることによります。このジャングルのおかげで、王都アンコール・トムは今でも聖域としてほとんど調査の手が入らずに残されているのです。

 

そんな中で、ほぼ唯一この王都を長年研究しているEFEOのゴシエ博士は、ここを「インドの宇宙観に基づくユートピア」と表現しています。インド的な理想の世界観がここに具現された痕跡が残されているというのです。博士の描くアンコール・トムの地図には、日本の条坊制の古代都市のようにグリッドが切られています。そして無数の溜池。さらには約200の遺構、あるいは遺物の集積地が記されています。

 

日本では古代都市といえば方形の輪郭を想定して一般的ですが、アンコールでは方形の外郭構造を有する都市はさほど多くはありません。ワット・プーのシュレシュタプラ、バンテアイ・プレイ・ノコール、サンボー・プレイ・クック、ピマイ、ムアン・シン、コンポン・スヴァイのプレア・カーン、そしてここアンコール・トムほどです。もちろん、大型の寺院には都市的な機能が内包されていたかもしれませんが、王宮や官衙施設を有しているような施設ではなかったはずです。こうした都市の基本構造については、研究がほとんど進んでいませんが、たいへん興味深い課題で、かつ古代都市がほとんど手つかずで残されています。

 

100503_1.JPG連日の修復工事で訪れているバイヨンから少し足を伸ばしてアンコール・トムの森の中に足を踏み入れてみると、雨季には来訪者を断固として拒む鬱蒼としたジャングルに阻まれますが、乾季も終わりの頃になると、なんとか回ってみることができるようになります。ゴシエ博士が切り拓いた約100mの間隔で碁盤目状に分布する小道が必然と踏査路となってきます。

 

まだ数度の踏査を行ったに過ぎませんが、高さ10m以上もの土塁が続いていたり、陶磁器が散乱していたり、全容が不明の倒壊した遺構が分布していたりと、なんとも興味深い都市址です。本気でこの調査にはまったら大変なことになるでしょうけど、頭と体のトレーニングにこれ以上魅力的なサイトはありません。時間の余裕がある時に、もう少し森の中に消えたいと思っています。(一)

5月2日、アンコール・トムの中央の王宮前広場で王宮の年中行事の一つである「鍬入れの儀式(Royal Ploughing Ceremony)」が行われました。

 

この儀式は雨季の開始時、田植えが始まる前に、今年の耕作を占うものです。番いの牛が7つの穀物やお酒などから選んで食したものによって農作物の豊作が占われます。(ちなみに今年はトウモロコシと小麦が食されました)

近年、儀式はプノンペンの博物館前の広場で行われていました。王宮の北東で行われる決まりになっているからです。それが、王宮の催す行事としては60年ぶりにアンコール・トム内の広場で行われたのです。王の威光とカンボジアの伝統行事を国内外に広く示すために、一大観光地となったアンコールで行うことが目的で、来年以降もここアンコール・トムで行うか、あるいは各州にて持ち回りで実施されるようです。

 

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100502_2.JPG象のテラスの上には国王を中心に要人が席を並べるための仮設の建物が造られ、数万人の国内客が見学に訪れ、王宮前広場は埋め尽くされました。この広場が過去のアンコール時代にどのように利用されたのかは定かではありませんが、往時の栄華が再びここに再現されたかのようなひとときでした。(一)