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七世紀に築造された古代クメール都市「サンボー・プレイ・クック遺跡群」はセン川の氾濫原の西側の高台の縁に主要な宗教施設群が位置しています。この選地の問題を巡り,地形学的なアプローチより研究が進められています。今回は,早稲田大学久保純子教授,東京大学須貝俊彦教授,そして東京大学博士課程南雲直子女史によってこの氾濫原にてボーリング調査が行われました。

 

 

100328_1.jpg調査にあたっては,カンボジア工業資源省地質局からの協力を得ました。プノンペンから運ばれてきたボーリング車によって,約10mのボーリングを三カ所で実施しました。ボーリングはベテランのスタッフにより順調に進められ,予定通り作業を完了することができました。

今後はサンプリングされた試料の分析が進められる予定です。(一)

 

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*本調査は日本学術振興会科学研究費助成研究(「古代クメール都市の立地条件と生産基盤復元に関する地形学的アプローチ」(研究代表:久保純子)」による研究の一部です。

車やバイクのクラクションと排気ガスに溢れた喧噪の都市「プノンペン」の中心で,唯一静けさを保っているのが,メコン川の畔に位置する王宮です。特に王宮の裏側,観光客が入ることができない国王の居住区はまさに別世界。巨木が点在し,緑豊かな敷地が広がっています。

 

さて,この王宮内で一際異彩を放っているのが,ナポレオン三世に寄贈されたという瀟洒な建物です。実はこの建物,老朽化が進み,各部の損傷が著しいため,3ヶ月前から高いフェンスが周囲に張られて立ち入り禁止となっています。宮内庁からの依頼で,この度建物の視察に訪れましたが,床面の不同沈下,仕上げ材の剥落,天井の崩落,各所鉄筋部の爆裂破損,ガラス窓の割れ,木部の劣化,屋根瓦の崩落など,かなりシビアな状況に至っていることが確認されました。

 

100326_1.jpg 100326_2.jpg 100326_3.JPG宮内庁では建物の保存修復工事の検討が開始されていますが,王宮内でもきわめて重要な歴史的文化財であるため、海外の技術支援も視野に入れて慎重に保存修復の検討を進めたいということです。(一)

1月半ばに開始されたバイヨン寺院での発掘調査ですが,早二ヶ月が経ちました。これまでにバイヨン寺院外回廊の南側3カ所で発掘調査を進めています。

 

最も大きなトレンチは外回廊から寺院周回路までを横断するかなり長いものです。寺院建立とその後の増改築の過程や年代を推定するために有用な様々な痕跡や遺物が収集されています。

 

このトレンチの西側,外回廊の基壇側壁の排水口から外側に広がる地点での発掘調査では,外回廊からさらに周囲へと延びる暗渠が発見されました。この発見はカンボジアの英字新聞Cambodian Dailyにも紹介されました。この暗渠の精査はこれから行っていく予定です。

 

3番目,東側のトレンチでは,バイヨンを囲繞するラテライトの周壁を確認することを目的としています。この調査により,ラテライト周壁は人為的に取り壊され,歩廊とされた可能性が得られています。また,この周壁の増築時期については既往の認識年代とはやや異なる可能性が高まってきています。

 

発掘調査は4月以降にも部分的に継続する予定ですが,5月からは雨季が始まりますので,雨水や地下水との困難な勝負になることでしょう。(一)

 

 

本調査は日本政府文部科学省科学研究「アンコール遺跡における出土貿易陶磁器の様相解明(研究代表:山本信夫)」によって行われています。

コーケル遺跡群の調査は予定外にまだまだ続きました・・・。

 

調査後半 3月7,8,12,13日

4、5日目:この日からはベンメリア調査隊とコーケル調査隊の2つにわかれました。

 

コーケル調査一班は、コーケルの中心寺院であるPr,Thomの図面チェックと、同遺構内に残るリンテルやペディメント、その他の建築装飾の調査を行いました。また、周回道路周辺の遺構に関しても建築装飾が残存している寺院を対象に調査を行いました。

 

二班はコーケル遺跡群南東〜南西に数多く散在する台座と、標石の採寸及びインベントリーの更新を行いました。南東の標石(KK76)の周辺には、これまで報告されていなかった数十メートルもの長さの砂岩列や加工されたラテライトがまとまっている場所などが確認され、この標石の謎はますます深まるばかりです。

 この地帯を実際に歩くとその起伏の激しさに驚かされますが、台座やテラスはその中でも比較的小高い場所に安置されています。台座はいずれも破損が著しく、大半が2つもしくはそれ以上に破壊されています。新たに台座と標石それぞれ一基ずつが発見されました。

 

6、7日目:とうとうコーケル遺跡群での調査メンバーは2人になりました。

 

6日目はラハルの西にあるAndong Prengという貯水池の採寸を行いました。この遺構はこれまでそれほど大掛かりな調査は行われていませんでしたが、周辺を歩くと次から次へといたるところにラテライト列が続いており、時には部屋のように四角く、いくつかに区切られたような痕跡も見られました。また装飾が施されたいくつかの瓦当も確認され、かつてはここに木造の建築物があったことが伺われます。非常に興味深い遺構ですが、今後さらなる調査を要する遺構です。

 

その後、コーケル遺跡群北部の台座やテラス、標石の採寸とインベントリーの更新のため、地元の方の案内のもとバイクでどんどん北へ進みます。この日、新たに台座1つが目録リストに加わりました。

 

最終日となった7日目は、とにかく残りの作業を終わらせるべく、西へ南へとせっせと動き回りました。残っていたPr.Dang Toung S.とPr.Dang Toung Nの図面チェックを行い、パルマンティエのレポートに描かれていたモールディングの残る台座などを確認しました。遺跡群の東方にやや離れた地点では、とても残存状態の良い台座が発見されました。

 

ここまでひたすら図面チェックと台座の採寸を続けていると、最初は違いがあるのかと疑っていた台座にも少しずつプロポーションや大きさ、モールディングの内容が異なるということがわかってきてどんどん面白くなってきます。

 

過去数年にわたりコーケル遺跡の調査が行われていますが、来るたびに遺跡群内のクリーニングが進んでおり、図面の更新もエンドレスにできてしまいそうです。そして歩けば歩く程に、新たな遺構や遺物が発見され(発見と言っても住民は以前より知っていることが多いのですが・・・)、コーケル遺跡群の森の中にはまだまだ多くの遺構が眠っているのではないか?と想像は尽きることなく、次なる調査への期待が高まってしまいます。(島田)

 

*本研究は日本政府文部科学省科学研究費補助金による助成研究「クメール帝国地方拠点の都市遺跡と寺院遺構に関する研究(研究代表者 溝口明則)」によるものです。

プレアヴィヘア州のクメール遺跡調査後、日本からの調査員がさらに数名到着し、2010年春期の全体調査は2月26日から始まりました。調査の中心は冬季の調査に引き続きベンメアリア寺院ですが、それに並行して、3月4日から13日の計7日間にわたってコーケル遺跡群での補足調査を行いました。

 

今回の主な調査内容は、

a)     これまでTPS、GPSなどの機材による測量及び手ばかりにより作成してきた遺跡群内各寺院の配置図の最終チェック(Pr.Thom[KK01]からPr.Boh Lohong[KK34]まで)

b)     Ang Khnaに彫られた多数の露頭への彫刻の美術的調査と正確な分布地図の作成(この遺構はラハル南、広く露呈する砂岩の岩盤に直接、動物とみられる彫刻や、神々の彫刻、そのほか円や四角の幾何学模様の彫刻が彫られている非常に興味深い遺構ですが、これまでその彫刻内容の種類・意味・位置などについて詳細な調査が行われていませんでした。)

c)     Pr.Thomを中心にコーケルに残された「リンテルやペディメント」その他彫刻の美術史的な観点による調査

d)     コーケルでこれまで確認された多数の「台座」の採寸と確認。いくつかの台座の装飾のスケッチ

e)     「標石」と呼ばれる遺物の確認と採寸

f)      各種目録の更新

 

等々です。特にコーケル遺跡群の奥地は乾季でなければ踏み込めない地区が多くあるため、今回の乾季中になんとかやってしまいたいと考えていました。

 

調査前半 (3月4日~6日)

最初の3日間は下田、佐藤、伊藤先生(広島大)の他、学生5名(早稲田大学・同志社大学)の計8名で行いました。

 

1日目:午前 全員でPr.Pramの図面チェック及び図面修正の方法についてけんと宇

      午後 2班に分かれて周回道路沿い南部の遺構図面チェック及び台座採寸

          伊藤先生班はAng Khnaの調査を開始

 

2日目:午前、午後ともに前日に引き続き周回道路沿いの遺構図面チェック及び台座採寸

     伊藤先生班は一日中Ang Khna調査

 

3日目:午前、午後ともに2チームに分かれて遺構図面チェック

     調査班1:バイクを利用して地元ガイドの案内をもとにPr.Thomの裏側、

          コーケル遺跡群西側の遺跡群の、図面チェック及び台座の採寸

     調査班2:周回道路沿いの残りの遺構の図面チェック

      伊藤先生班:Ang Khna の調査の続き

 

 

寺院遺構の再調査では、以前よりもクリーニングが進んでおり、これまでには見えていなかった石列や基壇などを確認することができるようになった箇所も少なくありませんでした。

 

Ang Khnaでは彫刻が比較的広い範囲に散在していますので、それらを網羅的に確認する作業は大変です。しかし、美術史家の視点は、これまでの私たちとは少し違った意味が潜んでいることを鋭く察知されたようです(島田)

ベン・メアレア遺跡及び周辺遺構の調査を2010年2月下旬から2010年3月中旬にかけて行いました。

 

今回の重要な課題の一つはベン・メアレア寺院の測量にありました。この調査は昨年度から行われている測量の継続調査で、今回は主に第一回廊及び第二回廊の細部形状の採寸をコンベックスや曲尺を用いて行いました。今回の調査によって崩壊の激しい中央祠堂部や同じく崩壊が激しい一部の建物の基壇部を除く箇所の採寸を終えました。

次回の調査では、トータル・ステーションを用いた第一回廊及び第二回廊周辺の測量調査や崩壊の激しい箇所についてのより詳細な調査を中心に行っていく予定です。

 

また、ベン・メアレア周辺の遺構についての調査も行いました。

ベン・メアレア周辺には、ベン・メアレア東側に広がるバライと呼ばれる貯水池や、回廊の四方に異なるタイプの入口を持つクメール建築ではかなり特異な寺院であるPr.Chrei、ピラミッドとテラスが併設している建物群が周囲より一段高い位置に建てられているPr.Kong Pluk、一般的に『施療院』と呼ばれるタイプの寺院であるPr.Don Chan、また同じく一般的に『宿駅』と呼ばれるタイプの寺院であるPr.Kansaeng、そしてバライの中心に位置しているPr.Phyと、ベン・メアレア以外にも興味深い遺構がたくさん存在してます。

そこで今回は、雨季には調査困難であるこれら5つの遺構とベン・メアレア東側に存在するバライの精査を行いました。

この調査ではまずこれら5つの施設の正確な位置情報及び形状を得るために、GPSを用いて高精度な基準点を作成し、さらにそこからトータル・ステーションを用いて建物の各部を計測しました。また建物の細部形状はコンベックスや曲尺を用いて手作業で採寸しました。

さらに、遺構に残存するリンテルやペディメント等の各部の装飾を写真で記録しました。

バライについても、一部地形測量を行いました。

今後は今回の調査で得られたデータを用いて、EFEOによって作成された既存のベン・メアレア遺構の周辺図や周辺遺構の平面図及びインベントリーの更新を行っていく予定です。(石塚)

 

*本研究は日本政府文部科学省科学研究費補助金による助成研究「クメール帝国地方拠点の都市遺跡と寺院遺構に関する研究(研究代表者 溝口明則)」によるものです。

2月3日から3月3日までの一ヶ月間,韓国ソウルのSoongsil大学の建築学科学部生4名が,バイヨン寺院の研究を課題としてJASAプロジェクトにて研修を行いました。海外の学生に対するインターンシップとしては始めての試みでしたが,参加した学生が熱心であったこともあり,実際の修復工事に対しても有用な一定の成果があげられました。参加した学生にとっても,とても有意義な体験であったと思います。

 

参加学生は学部3年生のKim Min,Lee Sojin,Park Yurie,Kim Minwooの4名です。最初の一週間はアンコール遺跡群内の様々な寺院の見学にまわった他,バイヨン寺院内での修復工事や既往の研究について学びました。

その後は,バイヨン寺院外回廊東門を対象として,散乱石材の原位置同定のための調査を行いました。

 

 

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この建物は,過去にEFEOによって修復されたことがありますが,クメール・ルージュによる内乱の時代に再び倒壊し,現在では石材が散乱したままに放置されています。参道より入った観光客が真っ先に目にする建物でとても重要な位置を占めていますが,残念ながら境内でも最も状態の悪い建物の一つです。

 

この建物を構成する石材が室内外に散乱したままとなっていますが,これらの石材の現在の位置を記録し,それぞれの石材の特徴から原位置を特定し,建物の復元考察を行おうとするのが今回の研修の課題でした。記録にあたっては,三次元計測のデータを利用するとともに,現場での簡易的な採寸なども行いました。また,計300以上の石材を個別に記録し,目録化しました。原位置の特定は必ずしも十分には行うことができませんでしたが,大型の部材についてはある程度の見当を付けることができました。

 

建物の図面化や部材の記録は,対象とした建築を理解するための最も近道ともなる作業で,外から漫然と眺めているときには気付かない様々な建築的な特徴を理解することができます。一ヶ月間という短い期間でしたが,アンコール建築についてある一定の理解が得られたことと思います。

 

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大学や組織などに縛られることなく自由な意志によって参加した学生にとって,こうした日常からかけ離れた環境における異文化への接触は(といっては大袈裟ですが),その後の人生の幅を広げる体験となることでしょう。参加者からのメッセージを今後紹介したいと思います。(一)

6:00 起床

6:40 ゲストハウス チェックアウト 市場にて朝食

7:30 チェアム・クサン発

9:25 クーレン(Kulen)村着

11:20 プレイヴェイン(Prey Vein)村着

11:40-13:00 Pr. Choan Sram調査

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14 (67).jpg13:00-13:30 村での聞き込み

スラヤンを経由してシェムリアップへ

 

まだチェアム・クサン周辺にいくらかの寺院があるようですが、今回の調査で是非とも訪れておきたかったPhnom Sandak寺院に向かうことにしました。途中、クーレン村までは整備された道が続きましたが、そこからプレイヴェイン村が悪路。20kmほどの距離に2時間ほどを要しました。

プレイヴェイン村は小さな村で75世帯ほどがまとまっています。この村から10kmほど北西に離れた地点の山中に目的地Phnom Sandakは位置しています。と、ここで村人に聞くところ、この先道がひどくなり山の麓まで1時間半、さらに30分ほどの登坂でようやく寺院に到着することができるとのこと。時間を計算すると、ちょっと今日中に調査するのは難しく、村に宿泊することもできなそうなので、この遺跡の調査にはそれなりの準備と装備が必要なことが判明しました。

そこで、今回の調査では断念し、代わりに村のすぐ脇に位置するPr. Choan Sram寺院を少しゆっくり調査することにしました。

 

この寺院、アンコール遺跡の東メボンを一回り小さくしたような構成で、こうした地方にある遺跡としてはかなり大規模な施設です。煉瓦造祠堂5基がピラミッド型の段台上に配され、その周囲には長手のラテライト造の建物が巡らされます。さらにそれら全体が周壁で囲繞され、その周囲にはかなり大型の溜池も築造されています。地方のかなりの有力者が築いた寺院だったように思われます。コーケー遺跡からも15キロほどで、チョックガルギャーとの関連の上で考えた方が良いのかもしれません。この寺院とコーケー遺跡の間にも複数の寺院が分布しています。

 

プレア・ヴィヘア州内にはまだまだ大型の重要遺跡が複数残されていますが、今回の調査はこれでひとまず終了とすることにしました。

今回の調査により、プレア・ヴィヘア週内の道路事情を把握することができ、調査地区の優先順位なども検討できたため、今後の調査の見通しを得ることができました。ただ、それと同時に、途方もない数の遺跡が、まだまだ不十分な調査のままに取り残されており、クメール遺跡の全体像のごく一端をようやくかじっているような段階であることを改めて実感させられました。

また近いうちに継続調査を再開する予定です。(一)

 

*本研究は日本政府文部科学省科学研究費補助金による助成研究「クメール帝国地方拠点の都市遺跡と寺院遺構に関する研究(研究代表者 溝口明則)」によるものです。