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最後にインタビューしたのは、この修復プロジェクトでチーフを務める最年長、58歳のTheangさんです。彼もDongさんと同じくアンコールクラウがご出身。お子さんが7人もいらっしゃるそうです。


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どうしてこの仕事を始めようと思いましたか

 もともと米農家だったのですが、1994年にJSAがこちらにきたため、そのときにやってみようと思い遺跡修復作業員になろうと思いました。1994年-2000年までバイヨン、2000年-2005年までアンコールワット、2009年-2013年までタプロームで修復作業員をしていました。

 

どんな気持ちで仕事をしていますか

 とても楽しく、幸せな気持ちで働いています。いつも全力でこの仕事と向き合っています。

 

このプロジェクト終了後の人生設計を教えてください

 遺跡修復作業員を続けたいので、違うプロジェクトに参加するなどしたいです。

 

仕事以外の時間はなにをしていますか

 小さな畑を持っていて、大豆や野菜、マンゴー、オレンジ、ココナッツなどのフルーツを育て、楽しんでいます。

 

他の作業員に指導をする際、大切にしていることは何ですか

 新材加工、再設置作業、石材の接着作業などのやり方を細かく教えています。その後、彼らの理解度を仕事ぶりから見極め、できていなさそうだったらまた教えています。

 

どうしてこのプロジェクトに参加しようと思いましたか

 2009年から2013年までタプロームを修復していたのですが、その仕事が終わった後、チアノルさんから依頼され、このプロジェクトに参加しました。

 

JASAの作業員時代にどのように技術を身につけたのですか、その技術は日本人から習得したものですか

 1994年から1997年までの3年間で修復技術全般について習得し、その後1997年から2005年のあいだに石材組み立て作業についての技術を習得しました。それらはすべて日本人専門家に教えてもらいました。通訳がいましたが、不在のときは日本人の作業の動きをみるだけで修復方法を理解しなければなりませんでした。日本人とはボディーランゲージで意思疎通を図っていた(通訳不在時)ため、日本人側の伝えたいことを理解することに苦労しました。

 

日本人から技術をカンボジア人に移転していたころと、現在のようにカンボジア人からカンボジア人に技術を移転しているところとで、何か違いはありますか?また良い点はありますか?

 日本人からの技術移転にしても、カンボジア人からの技術移転にしても、次世代に技術を伝えていくという目的が同じなのでそこまで違いは無いと思います。しかし日本人から技術を移転していたころと比べて、カンボジア人からカンボジア人に技術を移転するほうが言語面での壁が無いです。考えていることや伝えたいことをすぐに理解しあえるので、理解のスピードが速いと思います。

 

他の作業員はあなたにとってどんな存在ですか

 自分には若いスタッフを育てる責任があると思っています。彼らと一緒に働き、彼らのトレーニングができることにやりがい、幸せを感じています。彼らは息子のような存在です。

 

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現場ではいつも真剣な顔つきで、スタッフたちの動きを見ながら作業されているTheangさん。

JSAJASA時代から積み上げられた確かな技術を他の若いスタッフに伝授し、彼らの成長を見守る責任と、その重要性を感じていられるようでした。

ほかのスタッフからはお父さんのように慕われているようで、お昼休みには若いスタッフとともに和気あいあいとお昼ご飯を食べたり、冗談を言い合って笑いあったりしていました。彼自身も若いスタッフを常に気にかけ、"現場のお父さん"といった感じでした。


これで、今回のインタビューは終了です。

インタビューを通して、作業員がアットホームな雰囲気の中で、お互いに技術を教えあうなど支えあいながら修復作業を進めている様子がうかがえました。

またカンボジア人作業員の人材育成も、Thengさんに技術を伝授された若い作業員が、新たに加わった新しいメンバーにその技術を指導していっていることがわかり、人材育成の度合いも順調なステップを踏んでいるように思われます。

普段は気さくでフレンドリーな作業員の方々ですが、石材を加工したり、図面を書いたりしているときなど、作業に集中しているとき見せる真剣な表情からは、"自分たちの国の遺跡を、自分たちの手で守っている"というプライドが感じられました。

このインターン中、遺跡修復作業員の方の作業現場をよく見学させていただいていました。

彼らの姿を見ていて思ったことは、遺跡は国の財産ですが、その遺跡を修復し、守る作業員の方々や彼らの持つ技術もまた、誇るべき国の宝なのではないかということです。

最後になりましたが、今回このインタビューを行うにあたりご協力いただいた方々に、厚く御礼申し上げます。


仲尾



本プロジェクトは2012年より、JSTと日本ユネスコ協会連盟の共同事業として、JASAの技術協力のもと始められました。バイヨン寺院外回廊のナーガ彫像、ライオン彫像、欄干を対象として進められています。

本プロジェクトは皆さまのご支援により成り立っています。ご寄付をいただいた方のお名前は、バイヨン寺院のすぐ近くに立つ、バイヨンハット脇の銘板へお名前を掲載させていただきますほか、年1回活動報告書をお送りさせていただきます。

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※事業終了後は、銘板はカンボジア政府の管理下となります。

詳細はこちらのURLからご確認下さい。

http://www.unesco.or.jp/isan/restorationproject/


次にインタビューをしたDongさんはアンコールクラウ村出身の24歳。まだお若いのですが、ご結婚されていて、13ヶ月の娘さんがいらっしゃいます。図面作成がとても上手で、方眼紙にきれいなナーガ像の図面を作成していたときは、その手元に吸い込まれるように時間を忘れて見入ってしまいました。


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なぜこの仕事を始めたのですか

 家が近いことと、父と祖父がJASAで作業員をしており、2013年に祖父から修復作業員になることを勧められました。トレーニングを始めた当初は、この仕事を面白いと思わなかったが、トレーニングをしているうちにどんどん好きになりました。

 

この仕事にどんな気持ちで携わっていますか

 難しい作業のときにはストレスを感じたり、体調が優れないときには疲れを感じたりしますが、この仕事を楽しんでいます。

 

将来の夢や目標があれば教えてください

 もっと修復作業員としての技術を高めたいです。またこのプロジェクト終了後は他の修復プロジェクトに参加したいです。

 

仕事が無いときは何をしていますか

 野菜やフルーツを育てたり、子どもと遊んだり、妻と一緒に過ごしています。

 

図面作成が得意だと伺っているが、難しいポイントと楽しいポイントを教えてください

 図面作成に関して、難しいと感じるところはもうないです。楽しいところは、図面がきれいに書けるとうれしい気持ちになるし、シャーペンで紙に図面を書くのが気持ち良いと感じるところです。

 

図面作成の技術を身につけるためにどのような努力をしましたか

 JASAからのトレーニングを受けた後、自己練習をしました。

 

JASAスタッフから図面作成について、どのように教育されましたか、また教え方に難しい点はありましたか

 方眼紙のマス目の読み方、計測の仕方、図面の書き方を教えられました。優しいトレーニングで、分かりやすかったです。

 

今後はどのような技術を伸ばしたいですか

 図面作成はもうできるので、石材修復技術のスキルアップを図りたいです。

 

新しいメンバーを教育していて難しいところはどこですか

 教えたことを理解させることが難しいです。しかし私含め、はじめは誰も何もできなかった。できなくて当たり前だと思います。

 

新メンバーを指導する立場になって感じた、技術を教えるに当たり気をつけていることは何ですか

 まずは知識や技術を伝え、実際にやらせてみます。それをチェックしてできていないところがあれば改善点を伝えています。

 

他の作業員はあなたにとってどんな存在ですか

 好きです。一緒にいると楽しくて友達のようです。

 

 

 

いつ現場に行っても笑顔で出迎えてくださり、図面を書いている様子を見せてくださっていたDongさん。

 

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図面作成だけでなく、ほかの修復技術のスキルも持ち合わせたオールラウンダーだそうです。そんな将来有望な彼が、この仕事を始めた当初は修復に興味を持てなかったというのは意外でした。しかし今ではこの仕事を楽しんでいらっしゃるようで、現場でもムードメーカーとしてほかの作業員を楽しませている姿が印象的でした。


仲尾


本プロジェクトは2012年より、JSTと日本ユネスコ協会連盟の共同事業として、JASAの技術協力のもと始められました。バイヨン寺院外回廊のナーガ彫像、ライオン彫像、欄干を対象として進められています。

本プロジェクトは皆さまのご支援により成り立っています。ご寄付をいただいた方のお名前は、バイヨン寺院のすぐ近くに立つ、バイヨンハット脇の銘板へお名前を掲載させていただきますほか、年1回活動報告書をお送りさせていただきます。

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※事業終了後は、銘板はカンボジア政府の管理下となります。

詳細はこちらのURLからご確認下さい。

http://www.unesco.or.jp/isan/restorationproject/


インタビューは二日に分けて行ったのですが、一日目のインタビューの途中、お昼ご飯の時間になりました。どんなものを食べているのか気になっていると、彼らが仲間に入れてくれました。

 

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揚げ魚と青マンゴーの酢づけを...


5人で仲良くシェアしていました。

これと一緒に大盛りの白いご飯でおなかをいっぱいにするそうです。


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TheangさんとDongさんも二人で豚肉のせごはんを分け合っていました。

Dongさんに、暑いから水を飲んでください、とすすめられた白透明の液体、飲んでみてびっくり、スラーソーというお米からできたお酒だった...といういたずらを仕掛けられました(笑)

ちなみに以前、お茶だよ、とコップを渡されて、飲んだら焼酎だったこともあります...。


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ごはんの時間が終わったところでインタビューも再開です。

次回もお楽しみに!


仲尾


本プロジェクトは2012年より、JSTと日本ユネスコ協会連盟の共同事業として、JASAの技術協力のもと始められました。バイヨン寺院外回廊のナーガ彫像、ライオン彫像、欄干を対象として進められています。

本プロジェクトは皆さまのご支援により成り立っています。ご寄付をいただいた方のお名前は、バイヨン寺院のすぐ近くに立つ、バイヨンハット脇の銘板へお名前を掲載させていただきますほか、年1回活動報告書をお送りさせていただきます。

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※事業終了後は、銘板はカンボジア政府の管理下となります。

詳細はこちらのURLからご確認下さい。

http://www.unesco.or.jp/isan/restorationproject/


みなさんこんにちは。

今回はReaksmeyさんへのインタビューの様子をお伝えします。


ReaksmeyさんもThaさんと同じくリエンダイ村出身の方。30歳ですでにご結婚されており、息子さんが2人いらっしゃいます。

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石材修理が得意だと伺っているが、石材修理で難しいポイントと楽しいポイントを教えてください

 難しいところは、限られた材料を配分して使わなければならないところです。また、石材を持ち上げるクレーンや修理機材に必要なジェネレーターが一時的に使えず、石材の運搬から修理までを全て人力で行わなければならないときは特に大変です。また、一つの石を修理するのに注射器を使って沢山の破片を結合しないといけないところも難しいです。ナーガ像を直したときに、失ったパーツを探し出し、それらを合わせて再びナーガ像を作ったときが楽しかったです。

 

石材修理の技術を身につけるためにどんな努力をしましたか

 JASAの専門家から学んだ後、トレーニングを積みました。分からないところは同僚に聞きました。

 

JASAのスタッフにどのような教育を受けましたか。

 JASAの人が手本を見せてくれ、次に自分が同じことを練習しました。トレーニング初日は何も分からない状態だったので、説明を理解することが難しかったです。特に図面作成についての理解が難しかったです。

 

これからどのような技術を身につけたいですか

 現在は石材修理についての技術を磨いています。1月からは図面作成についても学び始めました。図面作成の技術を高めるために、実際に書く練習を繰り返しています。

 

新しいメンバーに技術を教えるのに何が一番難しいですか

 彼らの理解が良いので難しいと感じません。

 

新メンバーを指導する立場になって感じた、技術を教えるに当たり気をつけていることは何ですか

 よく彼らを観察し、「このやり方のほうが良い」「こうしたほうが良い」などのアドバイスをすることです。わかるまで何度も言います。

 

他の作業員はあなたにとってどのような存在ですか

 "第二の家族"です。

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Reaksmeyさんが細かい破片をくっつけて石材を修復しているところを何度か見たことがあります。さながらパズルのような作業で、私はどの破片とどの破片が合わさるのか全く分かりませんでしたが、彼の手は迷いなく破片と破片を合わせていっていて驚いたことを覚えています。

また作業員との関係を"第二の家族"と答えてくれた際、とびきりの笑顔をみせてくれました。その気持ちが心からのものだということがこちらまで伝わってきました。


仲尾



本プロジェクトは2012年より、JSTと日本ユネスコ協会連盟の共同事業として、JASAの技術協力のもと始められました。バイヨン寺院外回廊のナーガ彫像、ライオン彫像、欄干を対象として進められています。

本プロジェクトは皆さまのご支援により成り立っています。ご寄付をいただいた方のお名前は、バイヨン寺院のすぐ近くに立つ、バイヨンハット脇の銘板へお名前を掲載させていただきますほか、年1回活動報告書をお送りさせていただきます。

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みなさま、こんにちは。今回はLiengさんへのインタビューの様子についてお伝えします。

Liengさんは、ほかの作業員とは違い、遺跡周辺の村ではなくプレイヴェン州出身です。27歳で現在はご結婚されており、4歳になる娘さんがいらっしゃいます。

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仮組みと再設置作業が得意と聞いているが、難しい部分と面白い部分があれば教えてください

難しいところは、かつて(遺跡が建てられた時代)はどのように石が設置されていたのかイメージする必要があり、最終的に組み立てる前に良く考えなければならないところ。昔の様子を頭で再現しながら組み立てなければならないので難しいです。

楽しいところは組み立てる前と組み立てた後の違いを比べることです。

 

仮組みと再設置作業の技術を身につけるにあたり苦労したところはどこですか

苦労したところというよりは、組み立ての方法について先輩に分からない部分をよくきいて勉強する自己努力をしました。

 

今後どのような技術をさらに磨きたいですか

石を削ることが好きだから、新しい石を加工する技術を磨きたいです。

 

新メンバーを指導する立場になって感じた、技術を教えるに当たり気をつけていることは何ですか

彼らが作業しているその横について教えてあげること。「このやり方のほうが良い」などこまめに声をかけます。

 

他の作業員はあなたにとってどんな存在ですか

彼らを愛しています。ご飯を食べるときや休み時間など、なるべく一緒にいたいです。一緒の家に住んでみたいほどに好きです。


Liengさんは仮組みと再設置作業が得意であるため、石材を設置するためにクレーンを操っている姿をよく見かけました。

しかし作業の際にかつての様子を頭で再現しながら組み立てを行っていたとは思わなかったので、インタビューをしていて驚きでした。

また、ほかの作業員に対する熱い思いも話してくださり、本当に作業員のことが好きなのだな、とこちらまで温かい気持ちになりました。


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仲尾




本プロジェクトは2012年より、JSTと日本ユネスコ協会連盟の共同事業として、JASAの技術協力のもと始められました。バイヨン寺院外回廊のナーガ彫像、ライオン彫像、欄干を対象として進められています。

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こんにちは!仲尾です。前回のブログでもお伝えしていたように、今回から作業員の方へのインタビューをお一人ずつ紹介していきます。


まず初めにインタビューに応じてくださったThaさんは、遺跡周辺にあるリエンダイという村出身の21歳(日本の数え方だと20歳)です。現在は両親、4人の兄、2人の姉と一緒に暮らしているそう。


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彼は新材加工を得意とします。新材加工技術というのは、その遺跡を当初から構成しているオリジナルの石が劣化してしまい、安定しなくなっている部分を、新しい石材によって補てん加工する技術のことです。

彼にはおもにその技術のことについて伺いました。




・新材加工が得意と聞いていますが、新材加工で難しいところ、楽しいところはどこですか

 難しいところは石材を削るところと、オリジナルの石材の破損している形に合わせて新材を慎重に削っていき、ぴたりと結合させなければいけないところです。

 

新材加工についての技術を身につけるにあたり努力した点や苦労した点はありますか

JASAスタッフかソピアックさん、Theang さん(このプロジェクトで最年長の修復作業員)に、石を切るやり方や削り方を聞きます。

 

今後どのような技術をさらに磨きたいですか

もっと石の修復と新しい石の加工技術を磨きたいです。

 

新メンバーを指導する立場になって感じた、技術を教えるにあたり気をつけていることは何ですか

図面作成と新材加工を教えるのが難しいです。これらは遺跡修復の技術の中でも難しい技術なので。教えるときは、ポイントを何度も繰り返し言うことで理解させます。

 

他の作業員はあなたにとってどんな存在ですか

 親しみやすい、良い友達。一緒にいると楽しいです。

 




 現場では黙々と石を加工している姿が印象的だったThaさん、石の加工技術のスキルアップのためにソピアックさんはじめ先輩方によくやり方を尋ねていたとのことです。今よりもっと新材加工の技術を磨きたいとのことで、彼の向上心を感じたインタビュー内容でした。

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専門家のソピアックさんと一緒に。



仲尾



本プロジェクトは2012年より、JSTと日本ユネスコ協会連盟の共同事業として、JASAの技術協力のもと始められました。バイヨン寺院外回廊のナーガ彫像、ライオン彫像、欄干を対象として進められています。

本プロジェクトは皆さまのご支援により成り立っています。ご寄付をいただいた方のお名前は、バイヨン寺院のすぐ近くに立つ、バイヨンハット脇の銘板へお名前を掲載させていただきますほか、年1回活動報告書をお送りさせていただきます。

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※事業終了後は、銘板はカンボジア政府の管理下となります。

詳細はこちらのURLからご確認下さい。

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みなさまこんにちは。2月末までJSTでインターンをさせていただいていた仲尾です。

JSTのブログ『地域と歩む』のほうにブログを書かせていただいていたのですが、今回こちらの『遺跡修復の現場から』のほうにブログを書かせていただく機会をいただきました。

 

まず、少し私のことについてお話させてください。

私がJSTでインターンをしてみたいと思った理由の一つに、アンコール遺跡群周辺に暮らす人々に関心を持っており、その地域の方々と関わってみたかったというものがあります。また私は幼いころから、遺跡など昔の人々が創りあげた建築物を見るのが好きでした。

 

アンコールトム内にあるバイヨン寺院では、JSTが日本ユネスコ協会連盟との協力のもと、JASAの技術協力を受けて行っている遺跡修復事業『バイヨン寺院ナーガ・シンハ石彫像修復プロジェクト』が進められています。

このプロジェクトの意義は、遺跡の修復をすることはもちろんですが、もうひとつ重要な目的が「カンボジア人からカンボジア人への人材育成」を行うことにあります。JASAの日本人専門家から技術指導をうけたカンボジア人が、その技術をカンボジア人の遺跡修復作業員へと伝えていき、遺跡修復を自らの手で行えるようになることを目指します。

現在この修復プロジェクトチームは、若手専門家のソピアックさん、そして元JASA作業員であり現在は当プロジェクトチーフのTheangさん率いるカンボジア人修復作業員8名で構成されています。このプロジェクトに携わる修復作業員のほとんどは、遺跡周辺の村出身です。彼らはどうして修復作業員という仕事を選んだのか、どんな思いで修復を行っているのだろうか、現場を見るたびに彼らに尋ねてみたい気持ちが大きくなりました。

今回、JSTの遺跡修復専門家であるソピアックさん、JSTが行う修復プロジェクトのサポートや遺跡研究を行っていらっしゃる下田麻里子さん、そして現場作業員の方々にご協力いただき、遺跡修復作業員へのインタビューを行いました。その様子をこのブログでお伝えしたいと思います。


 

まず、これが主な修復の工程になります。

 

<主な修復の工程>

 

1.修復前の状態を図面と写真により記録する。

 

2.彫像と欄干部分の解体。解体中も図面と写真による劣化状況の記録を行う。

 

3.ミリメートル方眼紙上に1/10 縮尺で、部材面の記録を行い、スキャンデータとして保存する。

 

4.部材ごとに修復前後と修理中の状態をカメラで記録。

 

5.水と柔らかいブラシを使用してクリーニングを行う。

 

6.結合、接着、注入、強化、新材への部分的な置換、補填といった修復工法を適宜応用し、修理作業を行う。

 

7.仮組み作業により最も適切な設置箇所・方法を確認し、また必要な新材補填箇所を確認する。

 

8.欄干・彫像を設置する基壇の整備を行う

 

9.再構築作業にて、最終的に安定して欄干を設置する。

 

10. 修復後の状態を図面と写真により記録する。

 

 

作業員によって、得意な工程があるとのことでしたので、得意な工程についての質問も作業員の方に行いました。

また、新しい作業員2名が昨年4月から加わったとのことでしたので、彼らとのかかわり方についても尋ねました。

このインタビューは、私が質問したことを専門家のソピアックさんを介して答えていただくという流れで、一問一答形式になっています。

 

次回から、作業員の方々のインタビューをお一人ずつ更新していきますので、どうぞお楽しみに!


仲尾


本プロジェクトは2012年より、JSTと日本ユネスコ協会連盟の共同事業として、JASAの技術協力のもと始められました。バイヨン寺院外回廊のナーガ彫像、ライオン彫像、欄干を対象として進められています。

本プロジェクトは皆さまのご支援により成り立っています。ご寄付をいただいた方のお名前は、バイヨン寺院のすぐ近くに立つ、バイヨンハット脇の銘板へお名前を掲載させていただきますほか、年1回活動報告書をお送りさせていただきます。

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※事業終了後は、銘板はカンボジア政府の管理下となります。

詳細はこちらのURLからご確認下さい。

http://www.unesco.or.jp/isan/restorationproject/


2012年より4年間にわたり続けられてきた「ナーガ像・シンハ像および欄干修復プロジェクト」は、おかげ様で2016年3月で第2フェーズを完了することができました!
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第2フェーズではバイヨン寺院正面となる、東参道の欄干、ナーガ像、シンハ像を対象としておりました。
東参道は、寺院の正面ということもあり、ほぼほとんどの観光客にとっての観光ルート入口であり、バイヨン寺院をまず眺める重要な景観であるにもかかわらず、このエリアでは多くの欄干や彫像が崩落し、基壇の上や遺跡の周囲にその部材が散乱している状態でした。
こうした状況は景観的な問題だけでなく、散乱した部材を観光客らが踏んだり座ってしまい、ますます部材が劣化していくという状況を招いてしまっていました。
また、崩落していなくても、基壇の歪みによって欄干が不安定であったり、80年以上前の過去の修復によって入れていたサポートが脆くなり、とても危険な状態にある場所も多くみられました。
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                                             <修復前の東参道の様子>

JSTチームでは、JASAからの多くの技術協力とアドバイスをうけながら、これらの修復を進めてくることができました。
欄干修復のおおまかな流れとしては、
修復前記録→解体→部材修理→仮組み+必要な箇所への新材加工、部分的な基壇修理→再構築→修復後記録
となります。
それぞれの部材や場所によって、問題は様々であり、一つ一つに対してJSTの専門家とJASAの専門家による検討が行われ、最適な修理方法が選ばれて行きました。
また、ライオン彫像の修理も進められ、最終的には大きく景観的にも安全性においても改善することができました。
これまでもブログで各エリアの終了ごとに報告をしてきましたが、ここでまとめて第2フェーズで終了した箇所の劇的ビフォーアフターをご覧ください!


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さて、このプロジェクトのもう一つの大きな成果といえば、
「カンボジア人からカンボジア人への人材育成」です!
これまでの4年間で、JASAで長年培われてきた経験と方法を、JASAの専門家や技能員が丁寧に当プロジェクトの7名のメンバーにトレーニングをおこなってきました。
4年たった今では当プロジェクトのメンバーもかなりたくましく、頼れるスタッフへと成長してくれました。

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修復にはそれぞれいろいろな工程がありますが、若手専門家として頑張ってくれているソピアック君をはじめ、そのほか6名のメンバーもそれぞれ得意の分野ができはじめており、それぞれの工程でリーダーシップを発揮してくれます。
各メンバーの成長の様子は今後のブログでご紹介していきたいと思います。

2016年4月から第3フェーズが開始し、引き続き参道での修復工事が進められています!
第3フェーズの修復工事の様子も随時ご紹介していきたいと思いますので、これから2年間もどうぞ皆様よろしくお願いします!

※本事業は日本国政府アンコール遺跡救済チーム(JASA)の技術協力のもと、JSTと日本ユネスコ協会連盟の共同事業としてすすめられています

(麻)

例年、新年最初の始業日には安全祈願式を行います(ちなみに、通常カンボジアの正月は西暦の4月ごろなのですが、本プロジェクトが国際的なプロジェクトである性質上、プロジェクト当初から西暦の1月をプロジェクトの年始と考え、その最初の始業日に安全祈願式を行っています)。今回は現在修復活動を行っているバイヨン外回廊東門前にて行いました。式では、土地の神様や精霊、ヒンドゥー、仏教あらゆる宗派の神様に対し、豚の頭、ニワトリ、お酒等の供物を前にお祈りをします。JASAの式典では通常、現場の棟梁であり、仏門に入られているサオ・サム氏が祈祷を行います。途中、サオ・サム氏がスタッフに向って聖水をまき(通常、こういった式典の際には、供物の近くに水が置かれているのですが、この水はお経を聞かせた結果、普通の水から聖水に代わるというふうに考えられているようです)、最後には成仏できていない方々に対して振舞うために、少し離れた場所に各種供物を混ぜたものを安置し、儀式は終了します。

式の最後には、新年最初のミーティングも行いました。

 

カンボジア人はこういった式典を重視しているようで、どんなに普段冷静沈着なスタッフでも、年始や修復工事、さらには発掘調査の始まるタイミングで日本人側が安全祈願式の準備を忘れていると、「昨日悪い夢を見たので、絶対に式典をやってほしい」と言ってきます。この感覚はもしかしたら、古代のクメール人と通じる何かがあるのかもしれません。

 

カンボジアは近年の内戦に限らず何度も断絶の時代があるので、アンコール時代前後に建造された寺院については正確な参拝・利用方法が継承できていません。また、それらの寺院の当初の計画を知ることができる図面・書物も残っていないので、修復や研究の際にはほぼ一から検討していく必要があります。他方で、日本においては幸いにもそういった部分では継続した継承の歴史が多く残存していますが、その一方で、カンボジア人が有しているセレモニーをしないと悪夢を見てしまうような、ある種、古代的な感覚の継承はいつからか日本人の中では断絶してしまっているのではないかと思います。もしかしたらそれがいわゆる近代化の影響かもしれませんが、その感覚の喪失は、過去から引き継がれてきたものをどこかで形骸化させ、文化・伝統の継承の本当の意味を少しずつ薄めてしまっている部分もあるのかもしれません。

 

これまでカンボジアにおいてはクメール正月や中国正月、水祭りといったものはカンボジア人を中心に楽しまれてきた行事でしたが、他方でクリスマス、ハロウィン、西暦における年越しのカウントダウンといった欧米由来のイベントに関してはカンボジア国外の人達によるイベントというイメージが強くありました。ただ、ここ数年でその様相は大きく変容し、シェムリアップの夜、最も外国人が集まるパブストリートに、欧米由来のイベントの時期になると、外国人だけではなくカンボジア人も多くあふれかえるようになり、ある種世界的なイベントが年々カンボジアの文化の中に取り込まれていっている様子がうかがえます。日本においても明治頃には同じような大きな変革があったのかと思いますが、現在、プノンペンはもちろんですが、シェムリアップにおいてもそういった流れが加速度的に進み、その影響が近い将来カンボジアの目に見える部分、さらには目に見えない部分にも表れてくるのではないかと思います。

 

日本にいた時にはそこまで感じていなかったですが、カンボジアにいますと、非常に根本的なことではあるのですが、歴史は継承されていくものであると同時に創られ、常に変容していくものであるということ、そして、その一端を端的に示しているのが、各地に残存している有名・無名を問わない重要な遺産・遺物の修復、文化的な儀礼・祭事・技術の継承の作業なのか、と最近改めて強く感じています。

 

これからカンボジアでは経済的、文化的、さらには精神的な面において大きな変化が表れてくると思います。我々、日本国政府アンコール遺跡救済チームとしても本年で第4フェーズを終了し、さらに第5フェーズを継続していく予定ですが、その中で現在カンボジアに残存しているもの、さらには修復・調査の過程で発見された新たな知見の中で、カンボジアで過去から引き継ぐべきものが何かを十分に考え、さらによい未来を創造するにはどうしたらいいのか、代表の中川、多くの関係者の皆様はもちろんですが、何より現地カンボジア人スタッフと一緒に今後も考えていきたいと思っています。


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石塚

 

 

 

2016年がはじまり、1月もあっという中旬になりましたが、今更ながら今年も皆様JSTの修復事業・ナーガシンハ彫像修復プロジェクトの方もよろしくお願い致します。

さて、今年は申年ですが、当プロジェクトは今「獅子」真っ最中です!

第2フェーズ開始以来、当プロジェクトではバイヨン寺院東参道の欄干、ナーガ彫像を中心に修復を進めてきましたが、2015年10月より、寺院正面の東参道に並ぶシンハ9体の彫像の修復を行っています。(シンハ彫像なんぞや、という方はブログ最後の豆知識をご覧下さい。)

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バイヨン寺院外回廊には2か所所の入口がありますが、当初シンハ彫像はこのうち18か所の入口両脇に合計36体あったと考えられています。しかし現在確認できるものは28体のみであり、また現存していても、長い年月の中でこれらの彫像は崩落、あるいは壊れて彫像の一部が失われてしまっているものも多くあります。また、20世紀初頭に一度修理されている彫像もありますが、この時に使われたモルタルが脆くなって崩れそうになっていたり、鉄のピンが錆びて膨張し、彫像にヒビがはいってしまっている場合もあります。

今回は、そうした過去の修復部分を取り除いて新たにステンレスのピンで接合したり、必要な箇所には新砂岩材によって補てんを行うという作業も行われています。


また、解体前はかなり不安定な状態でシンハ彫像が設置されていたため、修理後のシンハ彫像を安定して再設置するにあたっては、基壇整備も同時に行われています。

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解体した彫像の古い修復処置を取り除き、正確な劣化状況を把握したところで、JASA専門家2名と熟練作業員2名とともに、各彫像について接着方法、新材による補てんが必要な箇所、そしてどのようにシンハ彫像を再設置するかということについて検討を行いながら、作業は進められています。

修復前後の様子は一見写真ではわかりにくいですが、各段に安定し、生まれ変わったシンハ彫像をぜひご覧ください!

修復前

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修復後

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<バイヨンのシンハ彫像豆知識>

シンハはサンスクリット語でライオンを意味しますが、ライオンは古今東西、権力の象徴としてしばしば登場する動物です。カンボジアでも、インドからの影響を受け、王権を象徴する動物として古くから重用され、アンコール王朝歴代の王に関わる寺院の入口やテラスなど装飾として多く登場します。

バイヨン寺院のシンハ彫像はすべて同じ大きさというわけではなく、入口により大きさや顔の向きが異なっています。大きいシンハ彫像が置かれた入口は、重要な人物のための入口であった可能性もあり、こうした彫像の作りや大きさの違いが、数ある寺院入口の使用頻度やヒエラルキーを表していたのかもしれません。かつては王家あるいはそれに属する人々のためであったと考えられている寺院正面の東参道の入口に置かれたシンハ彫像たちはひときわ大きく、非常に堂々とした風貌を備えています。

しかしその多くが劣化、あるいは崩壊の危機に瀕しており、早急な修復が必要とされています。これらの彫像がプロジェクトメンバーの手で生まれ変わり、再び寺院を訪れる現代の人々を荘厳に迎えてくれる日を心待ちにしています。

※本事業は日本国政府アンコール遺跡救済チーム(JASA)の技術協力のもと、日本ユネスコ協会連盟との共同事業としてすすめられています 

(麻)