2008年4月よりJSTとして仕事を始めた、スタッフの吉川 舞。
大学5年間をカンボジアに捧げた吉川は現在、JSTの一員としてアンコール地域で活動をする傍ら、
シェムリアップからバスで3時間ほどのコンポントム州へと出かけていきます。
コンポントム州にあり、吉川を魅了し続けているもの・・・
それは、サンボー・プレイ・クック遺跡群という古代の遺跡と
その周辺に暮らす人々の営み、カンボジア農村の「生きる」美しさです。
大学5年間をカンボジアに捧げた吉川は現在、JSTの一員としてアンコール地域で活動をする傍ら、
シェムリアップからバスで3時間ほどのコンポントム州へと出かけていきます。
コンポントム州にあり、吉川を魅了し続けているもの・・・
それは、サンボー・プレイ・クック遺跡群という古代の遺跡と
その周辺に暮らす人々の営み、カンボジア農村の「生きる」美しさです。
国道6号線から離れ、遺跡群のある地域に近づくにつれて、車よりも牛車が多くなる。雨季の朝には車が進む一本道の両側に見渡す限り、青い稲を湛えた水田。
そして仕事を終えた水牛が溜池の中を悠々と泳ぐ。
乾季の昼下がりには,視界に入る全てのものは赤茶けた大地と同じ色になり、燦々とそそぐ太陽に白く照らされる。人も動物も日陰に隠れ、誰もいない大地に雲の影がくっきりと映る。これぞまさにカンボジアというような穏やかな時間の流れと色鮮やかな風景に迎えられ、しばしうっとり。 そのとき,突如として木立のなかにひっそりとたたずむ薄茶色の建物が視界をよぎる。「なんだろう?」と思い振り向こうとしたときには,左右にひとつ,またひとつというように古い建物が現れる。そして,気がついたときにはもう遺跡群を抱える大きな森の入り口に。
訪れた瞬間から静謐な空間に包み込まれたような感覚。
森の息づかい、遺跡の穏やかな貫禄、目に見えない「なにか」に見守られているような…。
そして仕事を終えた水牛が溜池の中を悠々と泳ぐ。
乾季の昼下がりには,視界に入る全てのものは赤茶けた大地と同じ色になり、燦々とそそぐ太陽に白く照らされる。人も動物も日陰に隠れ、誰もいない大地に雲の影がくっきりと映る。これぞまさにカンボジアというような穏やかな時間の流れと色鮮やかな風景に迎えられ、しばしうっとり。 そのとき,突如として木立のなかにひっそりとたたずむ薄茶色の建物が視界をよぎる。「なんだろう?」と思い振り向こうとしたときには,左右にひとつ,またひとつというように古い建物が現れる。そして,気がついたときにはもう遺跡群を抱える大きな森の入り口に。
訪れた瞬間から静謐な空間に包み込まれたような感覚。
森の息づかい、遺跡の穏やかな貫禄、目に見えない「なにか」に見守られているような…。
サンボー・プレイ・クック遺跡群とは??

森に包まれたサンボー・プレイ・クック遺跡
最盛期にはおよそ2万件の家が建っていたと中国の史料に記述されており、東南アジアで最も大きな都市ではないかといわれるこの遺跡は、クメール民族による最初の統一王朝が誕生した場所とも考えられています。
この遺跡の構造や建物の彫刻には,当時の文化大国であったインドや中国の影響が色濃く表れています。大きな耳飾りをした女性の浮き彫り、カンボジア人を表現したものとは思えない、巻き髪で口ひげを生やした男性の顔、これらは当時のインドやそのもっと西の地域、中東やローマからの影響と考えられます。
また、3方を人口の濠に、1方を天然の河川に囲まれた四角形の都市は、中国の影響を受けていると考えられます。また、長い参道や寺院群を区画する周壁の跡などはサンボーに初めて出現した特徴です。
周辺諸外国の影響を取り入れながら、カンボジア独自の美術や寺院建築、そして国家としてのあり方を模索している、そんな当時の社会の様子が想像されます。人間に例えるなら、様々な外からの要素を吸収して、その中から自分のスタイルを見つけていこうとする「思春期」から「青年期」のへ過渡期にあたると言えるかもしれません。

サンボー遺跡最大フライングパレス

西方の影響を感じさせる

煉瓦造の祠堂は千年以上もここにある
村の匠たち
豊かな森に恵まれた、サンボー地域の村々。
その中には今も「必要なものは自分たちでつくる」、生きるための技術が輝きを放っています。
「生きる」ことは,工夫して創り出すこと。
最先端の科学技術の根をずーっと辿って行けば、生活の中での小さな創造がある。
「後発発展途上国」というような名称で呼ばれ、援助の対象として見られることの多いこの国を最初に訪れたとき、その生活の中にはどきどきさせられるような発見が溢れていました。
『カンボジアは豊かな国だ。
これまで考えていた「豊かさ」では計れない、何かがある。
観光でほんのちょっとカンボジアを訪れた人にも、その「豊かさ」の片鱗に触れてもらいたい。
そして、外の人々の目に触れることで、長い間継承されてきた「手作り」の価値をもう一度取り戻したい。』
そんな思いから、新しい村産工芸品の製作、そして将来的にこの地域に伝わる古い工芸品の復活を目指し、村のコミュニティと共に生産トレーニングを始めました。
地域に伝わっていた伝統をもう一度掘り起こし、それを中心に新たな文化を創造していくこと。
その伝統の継承と創造が,村の新たな下支えになり、そして観光の場面でも地域の人自らが主役になれる。
アンコール・クラウ村で始まっている実践を、カンボジアの様々な地域へ広げていく。
新たな挑戦に向けた小さな一歩が今、サンボー遺跡周辺の村のなかで始まっています。
その中には今も「必要なものは自分たちでつくる」、生きるための技術が輝きを放っています。
「生きる」ことは,工夫して創り出すこと。
最先端の科学技術の根をずーっと辿って行けば、生活の中での小さな創造がある。
「後発発展途上国」というような名称で呼ばれ、援助の対象として見られることの多いこの国を最初に訪れたとき、その生活の中にはどきどきさせられるような発見が溢れていました。
『カンボジアは豊かな国だ。
これまで考えていた「豊かさ」では計れない、何かがある。
観光でほんのちょっとカンボジアを訪れた人にも、その「豊かさ」の片鱗に触れてもらいたい。
そして、外の人々の目に触れることで、長い間継承されてきた「手作り」の価値をもう一度取り戻したい。』
そんな思いから、新しい村産工芸品の製作、そして将来的にこの地域に伝わる古い工芸品の復活を目指し、村のコミュニティと共に生産トレーニングを始めました。
地域に伝わっていた伝統をもう一度掘り起こし、それを中心に新たな文化を創造していくこと。
その伝統の継承と創造が,村の新たな下支えになり、そして観光の場面でも地域の人自らが主役になれる。
アンコール・クラウ村で始まっている実践を、カンボジアの様々な地域へ広げていく。
新たな挑戦に向けた小さな一歩が今、サンボー遺跡周辺の村のなかで始まっています。

つるが生み出す美しいフォルム

小魚をとる”トム”

100年前のトランク

水をくむ桶として使われるかご
| 目的 | 遺跡見学や観光といった場面で、手工芸品を通してカンボジアの農村で継承されてきた、 暮らしと自然と共にある豊かさを伝えること |
|
|---|---|---|
| 地域に伝わる工芸品を再生し、「生きる文化」として継承していくこと | ||
| 現在行っている 取り組み |
製作 | ロペア(藤の一種)、ロムチェイなど地域で採れる林産物を利用して、サンボー地域にて工芸品を作成する |
| 発掘 | カンボジア国内を巡り、それぞれの地域にある「価値や意味のあるもの」を探し出す | |
| 目標 | カンボジアを訪れる人に対して、国内で生まれた、カンボジアで手に入れる意味のある製品を製作する ことにより、地域が主体となって実施する観光へのアプローチを生み出すこと |
|
| そしてその結果として、これまで継承されてきた地域に伝わる暮らし方技術や工芸品が再評価を受けること | ||

