JSTの大きな特徴。 それはJSTに「ジョイントする(つながっていく)」人びとにあります。
一風変わった「本職」を持つコアスタッフ「チームJST」。
そして日本にいながら,または時々カンボジアに来てJSTを応援してくれている「サポーターズ」のみなさん。
日本では出会う機会がないような人々がカンボジアを通してつながっていく。
カンボジアを巡る不思議な引力に惹かれてこんな人たちが集まりました。
一風変わった「本職」を持つコアスタッフ「チームJST」。
そして日本にいながら,または時々カンボジアに来てJSTを応援してくれている「サポーターズ」のみなさん。
日本では出会う機会がないような人々がカンボジアを通してつながっていく。
カンボジアを巡る不思議な引力に惹かれてこんな人たちが集まりました。
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代表 チア・ノル日本国政府アンコール遺跡救済チームで通訳・渉外を担当。ポル・ポト時代終焉直後に難民として来日,青春時代を日本で過ごす。クメール語と日本語を駆使して、カンボジア人と日本人の中間に立ち、調整・橋渡し役として活躍。1990年代からアンコール・クラウ村と深く関わり、JST発足の基盤となる活動を行う。村人からは尊敬の意味を込めて「ター・ノル」と呼ばれている。日本人より日本的と評判。趣味:大マンゴー農園を育てること 好きな食べ物:日本酒と明太子 |
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コアメンバー01 小出陽子一級建築士、レストランオーナー。シェムリアップにて、カンボジア料理を観光客に紹介するレストラン「Cafe Moi Moi」を経営。また、カンボジア国内で建築デザイナーとしても活躍中。在住歴8年。 おすすめカンボジア料理:マンゴー干し魚かけごはん いちおしカンボジア語:Moi Moi=ムォイムォイ=ゆっくり、ゆっくり! |
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コアメンバー02 下田一太現在は数年来カンボジアにある7世紀の古代都市(サンボー・プレイ・クック遺跡)の解明に取り組んでいる。代表,チアと同じく、日本国政府アンコール遺跡救済チームで遺跡の保存修復や調査研究活動に従事。技術顧問として、カンボジア人の専門家と共にアンコール・トム、バイヨン寺院にて解体修復工事を進めている。学生時代からこれまで10年以上に渡りアンコール遺跡で汗を流している。在住歴2年半にして、すでに日本人色が失われている。 クメール語で一言:川に入ればワニにばったり,陸に上がればトラが待ち伏せ(カンボジアの諺) |
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コアメンバー03 吉川 舞19歳の夏に遺跡目当てでカンボジアを訪問。予想に反しカンボジアの人々とその暮らしの豊かさに惹かれ、サンボー・プレイ・クック遺跡群周辺の地域研究を行う。文化遺産と観光と地域社会の関係づくりをライフワークにすべく、就職を辞退。現在は日本国政府アンコール遺跡救済チームの現地広報を担当。カンボジア農村の伝道師を目指す。カンボジア人の好きなところ:とにかく、よく食べ、よく寝て、よく喋り、よく笑う |
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コアメンバー04 清野 有希大学在学中にアンコール遺跡の研究に取り組む。 社会勉強の為、日本で企業に就職するも、アンコール遺跡の魅力(魔力?)が忘れられず、 2007年より復帰。現在は早稲田大学理工学術院研究員。カンボジア滞在中に一度も体調を崩したことがないという強靱な肉体と剣道2段という特技、そしてインテリアプランナーという知的な面を併せ持つ。 日本での仕事がメインだが、いずれその強靱さを発揮したいとカンボジア行きの機会を狙っている。 好きな遺跡:バイヨン寺院。 初めての調査際に、連日アンコールワットの前を素通りし,バイヨンで終日測量。好きになりました。 最近の楽しみ:カンボジアでテコンドーを習う(初心者) |
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コアメンバー05 Souer Sothy(ソティさん)プノンペン出身の38歳。建築学専攻。JASAのカンボジア人専門家のチーフを務め、バイヨン南経蔵修復工事の現場をまとめる。遺跡保存修復に従事して15年以上。その揺るぎない指導力でチーム全員からの信頼が厚い。JASAの織田裕二としても定評が。 |
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コアメンバー06 Cheam Pross(プロスさん)JASAにて保存修復に携わって今年で10年。現在は石材加工のリーダーを務め、技術者を指導する。とても温厚で紳士的だが、意志の強さは人一倍。日本の皆さんに一言「Angkor Family Join(家族でアンコールに遊びに来て下さい!)」 |
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コアメンバー07 Sok Vannisay(ニサイさん)建築学専攻。2005年よりJASAに参加。いつも無口でもくもくと仕事をこなす。「与えられた仕事はきっちり」というその姿勢とゆったりとした笑顔と体型でみんなに愛されている。日本を訪れた際の感想:「日本はなんでも速くて、生活がマシーンみたいだ」 |
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コアメンバー08 Ick Sreng(スレンさん)建築学専攻。2002よりJASAの前身であるJSAに参加。JASAでは修復現場の施工管理を担当。資材の調達から作業員の配置、工事のスケジュール、現場では安全面・健康面の監理までこなす。盛り上げ上手な宴会部長という一面も持つ。時々行われる作業員達とのお疲れ様会では、皆の間をまわり、日頃の労をねぎらう。 |
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コアメンバー09 Khieu Mony(モニーさん)プノンペンの大学にてマーケティングとITを専攻。JASAきってのIT系、2003年よりデータベースの作成などを担当。パソコンから電気系統まで、機械と聞いて直せないものはない男。リーダーを立てチームを重んじる人でもある。座右の銘は「BorameiThida」 (意味→長女・ボラメイ(4)と次女ティダ(15日目)の名前をつなげたという子煩悩パパ) |
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コアメンバー10 Kou Vet(コーベットさん)王立芸術大学にて考古学を学び1997年よりJSAの考古職員に。2000年からは日本に7年間留学し,考古学・建築史学を学び,2007年にはみごと博士号を取得。現在はバイヨン寺院の発掘調査や古代都市・アンコール・トムから出土した遺物の整理を行う,JSA考古班の要。小さな声でおっとりとした語り口の飾らない人柄だが,冒険好きという意外な一面も。好きな日本料理:焼きそばとお寿司。 |
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コアメンバー11 Heng Kamsan(カムサンさん)考古班スタッフ。JSAからの技術移転の一環として2003年より,カンボジアの遺跡保全を担当するアプサラ機構から出向している。将来的に,カンボジアの遺跡保存行政の一翼を担う人材に。しかし日頃はそんな堅さを感じさせず,妹分のワッタイをいつもからかっている陽気なムードメーカーである。 |
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コアメンバー12 Lun Vothey(ワッタイちゃん)JASA専門家の中で最年少の24歳。王立芸術学院で考古学を学び,2006年よりJASAに参加。一番の若手で女性でありながら,その貫禄と仕事に対する姿勢には,皆が一目置いている。と同時に,唯一の20代のため,みんなの妹分でもあり,いつも温かくからかわれながら成長を見守られている。 |
アドバイザー
中川 武早稲田大学理工学術院教授 JASA共同代表1994年に発足した日本国政府アンコール遺跡救済チームの団長を務め、すでにカンボジアとは15年以上のお付き合い。50年後のカンボジアのために、自らの手で自国の遺産を保存することができるような土壌づくりを目指している。長期的な視点から、遺産保全と観光、地域生活を繋ぐ舞台としてJSTでの取り組みに期待を寄せている。 |
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後藤 文雄1929年新潟県長岡市にて住職の次男として生まれるが、カトリック神学院に進み、神父となる。1981年より、計14人のカンボジア難民の子を里子として引き取り育てた。JST代表のチア・ノルもそのひとり。チア・ノルがアンコール遺跡救済チームに所属した後は、たびたびカンボジアを訪れ、アンコール・クラウ村小学校校舎や道路建設資金などの支援を行い、クラウ村支援の基礎を築いた。現在は、カトリック吉祥寺教会の神父であるとともに、NPO法人「AMATAK カンボジアと共に生きる会」を設立し、カンボジアにて学校建設支援を行っている。 |
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サオ・サム1946年アンコール・クラウ村生まれ。1966年〜1973年までフランス遺跡修復チームに、1987年〜1991年までインド遺跡修復チームに所属した経験をもつ遺跡修復大ベテラン。1994年以降、日本国政府アンコール遺跡救済チームの現場作業員棟梁となる。その信頼される人柄で、アンコール・クラウ村世話役も務める。 |
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サエム・ソムナン1962年アンコール・クラウ村生まれ。1979年〜1985年まで、社会主義時代の組織“女性組”に所属。結婚後、専業主婦となる。村人から信頼感を寄せられ、2006年よりアンコール・クラウ村副村長に抜擢される。また2007年よりシェムリアップ女性事業局でも活躍中。 |
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| その他,サポーターとして日本から応援してくださっている方々や,修復チームの一員として短期で調査を行う先生方,学生たち,そして企業の皆さんが支えてくれています。 | |















